リオ五輪開会式。鳩の登場は、今大会から新たに加えられた「五輪栄誉賞」授与式だった。


「五輪栄誉賞」と鳩の凧


同賞は、スポーツを通じて社会に貢献した個人や団体を称えるため、今大会から新たに設けられた。初代受賞者に選ばれたのは、ケニア・オリンピック委員会のキプチョゲ・ケイノ会長。1968年のメキシコ五輪・陸上男子1500メートルでケニア初の金メダルを獲得し、その後、孤児支援や青少年教育に尽力してきたことが評価された。

この「五輪栄誉賞」授与式の際、演出方法として採用されたのが鳩の凧を持った子どもたちとケイノ氏が一緒に入場する、というもの。

この演出を見て、「あぁ、今回は鳩、ここで使ってきたか」という感想を抱いたならば、なかなかの五輪通。五輪開会式に、鳩はなくてはならないものだからだ。

平和を象徴する鳩


五輪開会式と鳩、と聞いて30代後半以上の方であれば、ソウル五輪における「焼き鳥事件」を思い出す人が多いだろう。聖火台で羽根を休めていた鳩が無情にも、聖火の炎で焼かれる始末。残酷な映像が世界に電信されたあの事件のことだ。2012年、米・タイム誌が「史上最悪の五輪開会式」として取り上げたことでも話題を呼んだ。

もっとも、ソウル五輪に限らず、開会式で鳩を起用することは、かつては「明文化された」決まりだった。

日本オリンピック委員会の公式サイトには1996年度版(!)のオリンピック憲章が掲載されている(20年前の古い文言がいまだに残っているのはいかがなものかと思うのだが、それは本題ではないので置いておく)が、その「開会式および閉会式」の項目には、「聖火はオリンピック競技大会の閉会式まで消されてはならない。聖火への点火につづいて、平和を象徴する鳩が解き放たれる」という記述がある。

オリンピック憲章2003年版までは、この「平和を象徴する鳩が解き放たれる」の文言があり、開会式では鳩を使わなければならなかった。実際、1896年の第1回大会開会式でも1000羽の鳩が起用された文献があり、1964年の東京五輪開会式では8000羽の鳩が東京の空を舞っている。

ただ、冬季五輪では鳩を使うことが難しいこと。そして、ソウル五輪における焼き鳥事件によって「動物愛護の観点からいかがなものか」と問題提起がなされ、オリンピック憲章2004年版以降、鳩に関する記述は削除された。

ただ、真の伝統とは明文化されずとも続いていくもの。過去には鳩を模した風船を空に飛ばしたり、前回のロンドン大会では鳩をモチーフにしたコスチュームの人々が自転車に乗って競技場内を周回したりと、さまざまな工夫を凝らして鳩が登場。そして今回、「鳩の凧」として開会式を彩ったわけだ。

次回、2020年の東京五輪ではどのように「平和を象徴する鳩」が登場するのか、今から想像してみるのも面白いのではないだろうか。

スポーツと平和と8月6日


「平和を象徴する鳩」に限らず、オリンピックにおいては「平和」をアピールすることがひとつの大きなテーマであることはいうまでもない。

今回の開会式では、その平和訴求の一環として、原爆投下された広島への黙祷が検討されていた、というのは既に各メディアで紹介されているため、ご存じの方も多いだろう。

リオ五輪開会式の開始時間は現地時間8月5日午後8時。12時間時差がある日本は、そのとき8月6日午前8時。毎年、広島で平和記念式典が始まる時間だ。この一致を受け、開会式の演出を手がけた映画監督、フェルナンド・メイレレスは「開始15分後、平和のメッセージを組み込み、人類最大の悲劇に触れたかった」と、NHKのインタビューで黙祷案の狙いについて答えている。

ただ、開会式にはいかなる国の扱いも差があってはいけないという規定があり、最終的に黙祷案は採用ならず。代わって日本時間6日午前8時15分にあたる時間帯に、日系移民をテーマにした演出が登場した。

たとえ採用が見送られたとしても、検討してくれたこと、そのことが世界に発信されたこと自体に大きな意味があるはずだ。

そしてもうひとつ、付記するならば、オリンピック開会式において「8月6日」がテーマとなったのは今回が2度目であるということ。1度目はもちろん、1964年の東京五輪だ。

前回の東京五輪開会式のクライマックス、聖火リレーの最終ランナーに選ばれたのは、当時19歳の早稲田大学生、坂井義則。坂井が選ばれたのは、1945年8月6日、広島市に原爆が投下された日に、同じ広島県の三次市に生まれたからだった。

聖火リレーによって世界に平和を訴えたこの東京五輪開会式は、「世界初の衛星生中継」だったこともあって、世界中で大きな話題を集めたとされている。

そして2016年。原爆投下から71年目の8月6日。遠くブラジルの地で広島に想いを馳せる人がいたこの日、プロ野球広島カープとサッカーJ1のサンフレッチェ広島がそれぞれ、広島市内の本拠地で試合を行った。両チームが8月6日、そろって地元でプレーするのは初めてのことだった。

スポーツと平和と8月6日。そのことをもっとも考えなければならないのは、我々日本人のはずだ。
(オグマナオト)