『ずうのめ人形』(澤村伊智/KADOKAWA)

 第22回日本ホラー小説大賞を受賞した『ぼぎわんが、来る』で一躍ホラーエンターテインメントの注目作家となった澤村伊智さんが、デビュー第2作となる『ずうのめ人形』を上梓した。都市伝説の呪いを扱った本作は、ページ数もスケール感も前作に比べて大増量。勝負作と呼ぶにふさわしい、野心的な本格ホラーに仕上がっている。

「この話を聞いたら何日後に死にます、何かが来ますというパターンの都市伝説は、誰しも一度くらいは聞いたことがあると思います。話自体は他愛ないし、根拠がないと分かっているのに、小学生時代には眠れなくなるくらい怖かった。あの怖さを活字のホラーでちゃんと表現してみたいというのが今回の狙いでした。ある意味、幼稚でベタな題材であっても、工夫次第でまだまだ怖くできるんじゃないかという思いもあって」

 新人のホラー長編としては異例のヒットを記録し、評論家筋からも高く評価された『ぼぎわんが、来る』。そんな状況で書かれた今作、プレッシャーは感じなかったのだろうか。

「前作と違うことをやらないといけないな、というのは強く思いました。『ぼぎわん』が西日本のお化けだったから、今回は東日本のお化けにしよう、という安易なやり方ではなく(笑)、読んではっきり違うものだぞと伝わるようにしたかったんです。プロット自体は早い段階でできていたんですが、書き始めるまでにいろいろ迷いましたね。結局、現在時制の物語と作中作が交互に進行するという形にすることで、ベクトルの違いが打ち出せたと思います」
 

■特定の誰かを想起した方が怖い作品になる気がします

 オカルト雑誌『月刊ブルシット』の若手編集者・藤間は、締め切りが過ぎても一向に連絡がつかないフリーライター・湯水の自宅マンションを訪れた。鍵を開け、部屋に足を踏みいれた藤間が見たものは、両目をくり抜かれ、仰向けに横たわっている湯水の死体だった……。

 不況にあえぐ出版業界のリアルな人間模様を背景に、物語はこうして不穏に幕を開ける。

「以前勤めていたのが出版社だったので、当時のことを思い出しながら書きました。執筆中、読者として意識していたのも、実は当時の先輩たち。特定の誰かを思い浮かべて書いた方が、作品がぶれずに済むんです。不特定多数の読者のためにと身構えると、逆に怖いものが書けなくなるような気がしますね」

 マンションの床に置かれていた、ところどころ焼けこげた手書き原稿の束。稀覯本マニアの大学院生・岩田は、そこに書かれた内容が、湯水の死と深い関係があると主張し、藤間にも読んでみるように勧める。

 半信半疑のまま原稿のコピーを読み始めた藤間だったが、ほどなく岩田はインタビュー仕事の現場から悲鳴をあげて逃走。そばに人形が立っている、と謎めいた言葉を残して、自宅で死亡してしまう。その死体にはやはり両目がなかった。


■まるで命があるかのように怖い話が広がっていく

 問題の原稿には、来生里穂という孤独な女子中学生の日常が綴られていた。家庭にも学校にも居場所のない里穂の楽しみは、図書館でホラーを借りて読むこと。しかしそんな趣味のせいで、里穂はますますクラスで孤立してしまう。

「僕自身はわりと恵まれた環境でホラーに熱中していましたが、里穂のようにつらい目に遭った子も現実にいると思う。もしかしたら自分がそうなっていたかもしれない。家庭内のトラブルにしても、自分にも十分起こりうる話だよな、と思いつつ書いています。その一方で、好きな本を読んだり、映画を観たりするのって楽しいよね、ということもあらためて描いてみたかった。これはホラーに限らず、本好きなら共感してもらえる部分ではないでしょうか」

 ある日、里穂は図書館に設置された交流ノートで「ずうのめ人形」と題された不気味な都市伝説を目にした。田舎のお屋敷の蔵に封印された、黒い振袖の日本人形。関わった者は必ず死ぬ。この話を見聞きするだけでも呪われてしまう。

 翌日、自宅のベッドで寝ている里穂のもとに、奇怪な姿の日本人形が近づいてきた。

「都市伝説が怖いのは、虚構が現実の側に侵食してくるような気がするからですよね。どんなに他愛ない話であっても、人から人に伝えられていくうちに、妙な実在感が備わっていく。まるでお話自体が生きて、意思を持っているみたいです」

 都市伝説の怖さは、拡散するところにある。そんな鋭い分析は、オカルトライターの野崎の口を借りて、作中でも披露されていた。ホラーの根源に迫るこうした考察は、読み手の知的好奇心をそそってくる。

「普段からこういうことばかり考えているんで(笑)、一回自分なりに整理してみたかったというのもあります。たとえば『四谷怪談』は祟ると言われていますが、あれは鶴屋南北が創作したフィクション。冷静に考えれば祟るわけがないのに、みんな祟りを怖れて、お祓いに行っている。『リング』の貞子にしても、鈴木光司先生の原作を離れて、もはや一人歩きしていますよね。フィクションと現実が曖昧になるようなあやうさが、怖い話には備わっていて、その最たるものが都市伝説だと思うんです」

 湯水、岩田の無惨な死は、ずうのめ人形の呪いによるものだった。自らも呪いにかかったことを悟った藤間は、オカルトライターの野崎、霊能力のある比嘉真琴の助けを得ながら、呪いを解くために奔走する。タイムリミットはわずか4日。
 

■お化けっぽい名前の響きが想像力を刺激してくる

 超常現象に詳しい野崎と真琴のカップルは、『ぼぎわんが、来る』でも重要な役割を果たしていた2人。今回、再登場させたのはどうしてなのか。

「ストーリーの都合上、怪奇現象を説明したり、事件に自分から関わっていこうとする役目が必要だったんです。ゼロから作ってもよかったんですが、ちょうどいいキャラクターがいるので再利用しようと。誤解のないように言っておくと、出版社からシリーズものにするように言われたわけではありません。あくまで僕個人の判断。大事なことなのでぜひ書いておいてくださいね(笑)。この2人のシリーズを書き継ぐかどうかは迷っていますが、今回については出して正解だったと思います」

 都市伝説「ずうのめ人形」の背後を探るうち、野崎たちは意外な事実に突きあたる。ミステリー的などんでん返しが、物語をより骨太に、起伏に富んだものにしている。

「怖いシーンだけで引っ張れたら一番いいんですけど、長編ではなかなか難しい。長いホラーを書くうえで、有効なのはやはりミステリー的な仕掛けなんですよね。読者の予想を裏切るような展開を用意して、あっと言わせるのを楽しむ。そんなサディスティックな気持ちも、多少あったりします」

 黒い着物の人形とともに、刻一刻と死が迫ってくるすまさじい恐怖。それをさらに強めているのが、「ずうのめ」という不気味な言葉の響きだろう。

「どういう言葉がお化けらしく聞こえるか、響きは意識しています。昔、水木しげる先生の『妖怪なんでも入門』を読んでいて、名前しか載っていない妖怪がとても気になったんですよ。『足まがり』って一体どんな姿なんだろう、とか(笑)。お化けっぽい名前がそこにあるだけで、想像が膨らんでぞくぞくした。こういう感覚は、大人になってもなるべく忘れないでおこうと思っています」

 今回の作品をふり返って、「こんなに大変だとは思わなかった」と澤村さんは苦笑する。とくに苦労したのは、各登場人物の思いと人生が交錯するクライマックスシーンだった。

「クライマックスにあたる第三章は、初稿が気に入らなくてほぼ全面的に書き直しました。登場人物が重たい選択を強いられるシーン。こう書くべきだと分かっているのに、キャラクターが思い通りに動いてくれず、筆が止まりました。キャラクターに抵抗されるという経験をしたのは小説を書き出して初めてですね。クライマックスの心理戦は、個人的には書けてよかったと思えるシーン。面白いと感じてもらえればいいんですが」

 呪いのビデオの恐怖を扱った鈴木光司『リング』刊行から25年。都市伝説ホラーの新たな傑作が、再び日本に降臨する。

「怖い話はどこが面白いんだろう、と自分なりに考えてみた作品です。読んで怖がってもらえれば光栄ですし、ホラーや怪談ってこんな見方があるのか、と気づいてもらえると嬉しいですね。今回はややスケールの大きな話になりましたが、もっと小規模なホラーもやってみたい。公園の池にワニがいるんだって、というような話でもテクニックによっては、いくらでも怖くできるはず。それが自在にできて初めて、プロのホラー作家を名乗れる気がするんです」

取材・文=朝宮運河 写真=川口宗道

『ずうのめ人形』

澤村伊智 KADOKAWA

オカルト雑誌編集部で働く藤間は、音信不通となったライターの自宅を訪ね、死体を発見。部屋に残されていた原稿用紙には、孤独な少女の日常が綴られていた。原稿を読んだ者に次々と襲いかかる都市伝説「ずうのめ人形」の呪い。藤間はタイムリミットまでに呪いを解くことができるのか。新鋭が放つ本格ホラー第2弾。