日本は歴史上、他国の植民地になったことはない。そもそも植民地とは現地の人から見て「他国の支配下にある土地」を指すが、中国もアヘン戦争に敗れたことによって英国をはじめとする国の半植民地となった過去がある。(イメージ写真提供:123RF)

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 日本は歴史上、他国の植民地になったことはない。そもそも植民地とは現地の人から見て「他国の支配下にある土地」を指すが、中国もアヘン戦争に敗れたことによって英国をはじめとする国の半植民地となった過去がある。

 中国メディアの東方頭条はこのほど、「日本はなぜ他国の植民地になったことがないのか」と疑問を投げかけつつ、日本と中国が異なる運命を辿った理由について考察する記事を掲載した。

 記事は、19世紀に清朝は「西洋諸国から交易を迫られ、危機に瀕した」と指摘する一方、日本も同時期に同様の危機に直面したと指摘。だが、「同じ危機に直面しながらも、日中がまったく異なる運命を辿った」と指摘し、清朝はアヘン戦争に敗れて半植民地化したのに対し、日本は世界の列強へと姿を変えたと論じた。

 続けて、当時の日本と清朝の違いは日本の明治維新が中国の「戊戌の変法」より30年早く行われたことにあると主張。「戊戌の変法」とは1898年に明治維新にならって行われた政治改革運動だが、記事はこの30年の差が日本を列強へと変え、中国を弱小国へと変えたと主張し、さらに「戊戌の変法」の失敗が後の恥辱をもたらすことになったと論じた。

 さらに記事は、日本人は早くから西洋文明の優れた点を見抜き、それに学び、西洋諸国と同等の力を手に入れ、植民地化の危機を脱したとしながらも、清の時代の中国人は自国の文化に自惚れ、西洋文明を見下していたことを指摘。こうした態度の違いが日本と清朝の分かれ道となったとしたうえで、日本は積極的に西洋の先進的な文化を受け入れ、不平等条約を改正させることで西洋諸国の尊敬を勝ち取り、列強への道を進んでいったのだと伝えた。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)