クリープハイプ Official web siteより

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 藤原竜也主演のドラマ『そして、誰もいなくなった』(日本テレビ)の主題歌にニューシングル「鬼」が選ばれるなど、ますます人気を上げているクリープハイプ。

 そんなクリープハイプのボーカル・尾崎世界観が自分の本名をタイトルに据えた半自伝小説『祐介』(文藝春秋)を出版。その中に出てくるある描写が話題を呼んでいる。なんと、作中で家庭内暴力の過去がほのめかされているのだ。

 小説の冒頭、第一章は主人公が「アルバイト研修センター」で出会った大学生の男から聞いた〈重たい身の上話〉から始まる。〈子供のころ、父はよく動物園に連れて行ってくれた〉と言う彼の家庭は、父が仕事を辞め、そのことがきっかけで母の精神が変調をきたしたことから崩壊していく。

〈ある日の学校帰り、テーブルの上で、サランラップが被せてある大き目の皿を見つけた。蛍光灯の下で表面に光の輪を浮かべたサランラップを、そのなかで山盛りになった輪ゴムがいまにも突き破ろうとしていた。まるでインスタントの焼きそばのような姿形をした、大量の輪ゴムを入れた皿の下に紙切れが敷いてある。それには、見慣れた母の丸文字で「レンジで温めて食べるように」と書かれていた〉

 そして、どんどん家庭が荒んでいった末、ある日とつぜん事件が起きる。

〈その日、姉はとつぜん、リビングでガラスのコップに入れた安い合成酒を飲んでいる父の後頭部を足の裏で押し付けるようにして蹴った。いちど、恐る恐る何かを確かめるようにして足の裏を父の後頭部に押し当てたあと、もういちど今度は後頭部を力いっぱい蹴りつける。あまりにとつぜんの出来事で、父が口から吐きだしたカッという音が辺りに響いただけでは、すぐに状況を把握することができなかった。
 ガラスのふちで歯を打ったのか、父が手に持つコップのなかの透明の液体が、ゆっくりと赤くなっていく。しばらくするとコップの中身は真っ赤になった。怖くなって、すぐにコップから目を離す。それでもまだ、母は食い入るように父の方を見つめていて、くちゃくちゃと音を立てながら、口のなかに溜まっていた何かをゆっくりと飲み込んだ〉

 姉が父の後頭部を蹴り飛ばしたその日から、彼の家庭は「暴力」が支配するようになっていく。

〈その日から、家族はそれぞれ家のなかで居場所を見つけた。暴力を振るう者と、暴力を振るわれる者、そしてその暴力を見ている者。それぞれがそれぞれの役割をもって存在するようになった。
 ひとり取り残されて、家のなかでは以前にも増して息苦しくなった。あの日、とつぜん割り振られた役割を手にすることができなかった自分を棚に上げて、すべてのきっかけを作った姉のことを恨む。せまい家のなかで、暴力の臭いや音がすると、怖くてたまらなかったから。自分だけが暴力という乗り物に乗り遅れたまま置き去りにされた悔しさでいっぱいになった〉

 第二章以降、この身の上話を語った大学生は物語にいっさい登場しない。それ以降は、スーパーでバイトしながら、売れないバンド活動を続け、性欲だけを持て余しながら思い通りにいかない日常を生き続ける、主人公のどん詰まりの青春が描かれていく。

 無論これは、メンバーチェンジを繰り返しながらクリープハイプを続け、スーパーでバイトした金もライブハウスのチケットノルマ(アマチュアバンドがライブハウスでライブをする際はライブハウス側から20枚〜40枚ほどのチケットノルマが課せられ、さばききれなかった場合は出演者の自腹でそのチケット代を払わなくてはいけない)に消えていく、尾崎世界観自身が過ごした青春である。

「深夜のスーパーですね。梅島っていう、足立区のものすごいガラの悪いところにある店の夜勤。夜9時から朝9時まで12時間もふたりでやるんですよ。午後9時から12時まで、終電が終わるまでってものすごい混むんですよ、サラリーマンとかが来て。で、レジが終わったあとは1時間だけ休憩できて、それが終わったらそっから品出ししたりとかして。朝のその、1時、2時とかに、酪農牛乳っていう牛乳があるんですけど、たぶんそのチェーンのオリジナル牛乳なんですよね。それを死ぬほど品出しするんですよ」(「ロッキング・オン・ジャパン」2015年1月号/ロッキング・オン)
「やっぱり嫌な瞬間が多かったです。『よし、今日はいいライヴできた』と思っても、ノルマのお金取られるし。何でこんなにいいライヴできたと思ってるのに、金取られてるんだ?っていう。結局はそういう自分に腹を立ててましたね」(前掲誌13年9月号)
「ずうっと待って客が5〜6人の中でやるんですよ。カーテンが閉まってて一応SEが流れて、カーテンが開く、その瞬間の絶望がすごくて。リハと変わらないんですよ、風景が。むしろリハのほうが対バンが観てるから人がいるっていう。そういう中でやってて、どんどんこう、自分は音楽が好きなのに、それとは違うものになってく、自分が選んだことが間違ってたっていう結論に近づいていくのがすごい怖かった」(前掲誌15年1月号)

 過去にインタビューで彼が自ら語ったエピソードから、『祐介』の主人公はやはり尾崎世界観自身であることが分かる。では、第一章に出てきた大学生はどうなのか?

 ディティールは微妙に異なっているものの、この大学生の話もまた、尾崎世界観自身が過ごした子ども時代とよく似ている。姉ではなく弟ではあるが、彼も作中の大学生と同じく4人家族である。また、小説では〈子供のころ、父はよく動物園に連れて行ってくれた〉と書かれているが、尾崎世界観の父親はよく競馬場に連れて行ってくれたという。

「あんまりどっかに家族で行ったって記憶もないな。こういうこと言うとまた怒られるんだろうな(笑)。競馬場の記憶しかないんですよ」
「中山競馬場っていうのが実家からちょっと電車乗ったらあるんですけど、ものすごい距離歩くんですよね、当時の自分からしたら。今は別に歩ける距離だと思うんですけど。駅から競馬場までの道のりがすごい遠いなと思ってましたね、ずっと。行ってもやることないし」(前掲誌13年9月号)

 その他にも家族に関して彼は「別に何にも不満もなく」(前掲誌13年9月号)と語っているが、一方、父については、「マサル(引用者注:父の名前)はすごい怖かったです、ずーっと怖かった」(前同)との印象も口にしている。

 バイトのエピソードやバンドが売れなかった時代の話は、小説と尾崎世界観自身に実際に起きたエピソードが完全に一致するのだが、微妙に彼自身の生い立ちとクロスさせながら〈重たい身の上話〉が語られる、この大学生のパートはいったい何を表現しようとしているものなのか?

 クリープハイプのライブのMCで父マサルと母ユミコの名はしばしば登場し、二人はファンの間ではよく知られた存在となっている。そういった逸話を聞く限り、尾崎家はむしろ仲がいい家庭のようにも思えていたし、これまで家庭内暴力の過去などが直接語られたこともない。したがって、作中の大学生のエピソードが彼自身の体験の反映なのかどうかは分からない。

 ただ、彼は『祐介』を出版するにあたり、「今回の小説を書いていなかったら、本当に危なかったですね。周りにはクリープハイプをもう辞めたいってずっと言ってましたから」と語っている。「"半"自伝小説」として、フィクションにしながら、それほどまでに悲壮な決意をもって伝えたいことが彼に中にはあったのだ。その伝えたかったことは、小説冒頭に置かれ、本の最後でも結局回収されないまま終わる、この〈重たい身の上話〉のパートにあるような気がしてならない。その秘密は、将来、彼の楽曲、または次の小説などで明かされるのであろうか?
(新田 樹)