WEEKLY TOUR REPORT
米ツアー・トピックス

 37歳のジミー・ウォーカー(アメリカ)が、全米プロ選手権(7月28日〜31日/ニュージャージー州)でメジャー初制覇を成し遂げた。

 雷雨の影響で、ほとんどの選手が36ホールという長丁場の戦いとなった最終日。初日から首位を走っていたウォーカーは着実にスコアを伸ばしていたが、前を行く世界ランキング1位のジェイソン・デイ(28歳/オーストラリア)が最終18番パー5でイーグル。土壇場で1打差に迫られて、最後はちょっとハラハラした展開となった。

「僕が17番にいたとき、18番からものすごい歓声が聞こえてきた。間違いなく、ジェイソンがイーグルを奪ったと思った」(ウォーカー)

 勝つためには、最低限パーが必要となった最終ホール。2オンを狙ったウォーカーは、第2打をグリーン右のラフに外したが、そこからの第3打を冷静に打ってピンまで10mの距離に3オン。それをしっかりと2パットで沈めて勝利を手中に収めた。

 ラウンド後、ほっと胸をなでおろしてウォーカーが語る。

「最後のパットは本当にしびれた。だけど、今回は絶対に勝てると信じていた。18番は思ったよりも難しいパーパットにしてしまったけれど、本当に勝ててよかった」

 オクラホマ州出身で、プロ16年目のウォーカー。今でこそ、アメリカきってのトッププレーヤーだが、ここまで順風満帆にキャリアを積んできたわけではない。ジョーダン・スピース(23歳/アメリカ)やロリー・マキロイ(27歳/北アイルランド)ら若手が活躍する現状を踏まえれば、かなりの"遅咲き"と言えるかもしれない。

 テキサス州ウェイコのベイラー大学を経て、2001年に22歳でプロに転向。2003年からは下部ツアーのネーションワイドツアー(現ウェブ・ドット・コムツアー)に参戦すると、2年目にはツアー2勝を挙げて、同ツアーのプレーヤー・オブ・ザ・イヤーを獲得。PGAツアーへの昇格を果たした。

 しかし、PGAツアー参戦初年度に、年初めのソニーオープンで首を痛めると、以降もケガに泣かされることになる。その年は結局、長期の戦線離脱を余儀なくされ、公傷制度を申請。翌年再挑戦を果たしたが、最終的にシード権を確保できず、2008年末には最終予選会を受けることになった。

 この頃、下部ツアー時代に知り合って結婚したエリン夫人には、「プロを辞めて、普通の仕事を探したほうがいいかもしれない」と話したこともあったという。だが、弱気になっていたウォーカーをエリン夫人が引き止めた。

「私は、そんなふうに(自らの夢や目標を)途中で投げ出してしまうような人とは結婚していない」

 エリン夫人のそうした説得を受けて、ウォーカーは再挑戦を決意した。

 このエリン夫人、実は乗馬の世界では上位ランクのひとりとして活躍したトップアスリートである。そして彼女の父も、1970年代にフリースタイルスキーの世界チャンピオンだった。そんなスポーツ一家で育った彼女であるからこそ、ウォーカーの支えとなり、再起への後押しもできたのだろう。

 最終予選会から再びPGAツアーに戻ったウォーカーは、2009年ツアーの賞金ランキングで125位。最後の一席に滑り込んでシード権を確保した。

「あれが、僕のゴルフ人生の大きな岐路だった」と振り返る。

「もしも、あのとき予選会に戻っていなかったら......このメジャー勝利もなかったのだから」

 2010年は賞金ランキング103位、2011年は同67位。そして、2012年には同48位と順調にランクを上げていくと、2013−2014年シーズン開幕戦のフライズ・ドット・コムオープンで悲願のツアー初勝利を飾った。以降、ツアー通算5勝という実績を積み重ねてきた。

 ウォーカーの優勝で印象に残っているものがある。

 2015年の年明け、前年ツアーの勝者だけが出場できるヒュンダイ・トーナメント・オブ・チャンピオンズ(ハワイ州)において、松山英樹(24歳)も絡んでいた熾烈な優勝争いは、最終的にパトリック・リード(25歳/アメリカ)とウォーカーがトップで並んでプレーオフに突入。そのひとホール目、リードがバーディーを奪って勝利を挙げた。そしてその翌週、惜しくも敗れたウォーカーがソニーオープンで後続に9打差をつける圧倒的な強さを披露。見事大会連覇を達成したのだ。

「あの粘りこそ、ジミーの強さだよ」

 そう称えたのは、ウォーカーのスイングコーチを務めるブッチ・ハーモン。かつてはタイガー・ウッズ(40歳/アメリカ)、フィル・ミケルソン(46歳/アメリカ)、今でもリッキー・ファウラー(27歳/アメリカ)やダスティン・ジョンソン(32歳/アメリカ)らを教える名コーチだ。

 ウォーカーがハーモンと最初に連絡を取ったのは、2013年4月。ツアー初優勝の前だった。ウォーカーがハーモンに、「練習場でスイングを見てほしい」とメッセージを送ったという。

「でも(ハーモンから)返事が来るのに3週間もかかったよ(笑)」と、当時を振り返ってウォーカーが笑う。傍らにいたハーモンは、苦笑いを浮かべてこう語った。

「実は、ジミー・ウォーカーが誰か知らなかったんだ。そうしたら、エリン夫人から『もし夫を見る気がないのなら、ちゃんとそう伝えて』というメッセージが来たんだ。そこですぐ、『そうじゃくて、忙しかったんだ』と返事を送って、それから一緒に練習を始めた。スイングのメカニズムを少し変えたけど、一番大事なことは(ウォーカー自身が)自信を持つことだった。ジミーをよく知ってみると、素晴らしい才能のある選手だった」

 2014年からはフルタイムでタッグを組んで、身長188cmから放たれるティーショットの平均飛距離は、今や299.8ヤードにおよぶ(ツアー24位)。ハーモンの存在が、ウォーカーの飛躍に大きな影響を与えたことは間違いない。

 ウォーカーが言う。

「ブッチとの練習で、僕のロングゲームは大きく変わった」

 ツアーでも、屈指のナイスガイとして知られるウォーカー。苦労人でもある彼の勝利には、ツアープロの仲間たちも手放しで称えた。そうした多くの賛辞を受けて、ウォーカーが改めて喜びの声を発した。

「(この勝利は)ここまで、たくさんの練習を重ねてきた努力の結果。諦めずに、ここまできて本当によかった」

 このメジャー勝利で、さらなる自信をつけたウォーカー。彼の華やかなゴルフキャリアはこれからが本番――そんなことを感じさせる勝利だった。

text by Reiko Takekawa/PGA TOUR JAPAN