【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】オリンピックの危機(1)

 ドイツの小さな町に生まれたフェンシング選手が40年前、モントリオール・オリンピックに参加した。

「私の最初の記憶は......」と、現在はIOC(国際オリンピック委員会)の会長をつとめるトーマス・バッハは言う。「マシンガンを持った警備員と一緒に、満員の選手バスに乗ったことだ。そのバスの上を、ヘリコプターが何機も飛んでいた。本来のオリンピックの熱気は、あまり感じられなかった」

 当時、オリンピックは盛り上がっていなかった。その前回、1972年のミュンヘン大会では、パレスチナ人のテロリストが選手村で11人のイスラエル人を殺害した。モントリオール大会は、アフリカ諸国のボイコットに見舞われていた。

 バッハはごく普通の環境に育った。両親と一緒に外国に行ったことはなく、父親を早くに亡くしていた。

 しかし、モントリオールが彼の人生を変えた。バッハは金メダルを獲得したのだが、それと同じくらい重要なのは、世界中から来たアスリートと選手村で知り合ったことだ。他の多くの人々と同じく、バッハはオリンピズムという思想のとりこになった。オリンピズムには、人類が古くから抱いてきたふたつの夢が混じり合っている。人間として「完全」であることと、人間としての「博愛」だ。

 いまバッハは62歳。小柄で、小太りで、親しみのわく人物だが、世界を治める立場にある。彼は今、ローザンヌ(スイス)にあるオリンピック・ミュージアムのテラスに座っている。雲ひとつない夏の日。バッハの後ろには、ジュネーブ湖とアルプスがまるで絵画のように見える。

 バッハは、人類の最も古い創造物の守り手だ。リオデジャネイロで始まるオリンピックは、私たちと紀元前776年の古代ギリシャの人々を結びつける。

 しかし、いまオリンピックは、バッハがフェンシング選手だったとき以降、最も衰退傾向にある。この危機は、ホスト国のブラジルを見舞っている多くの問題より深刻なものだ。

 さらに言えば、オリンピズムの崇高な理想は今の薄汚い現実にそぐわなくなっている。大会開催をめぐっていつも起こる問題は、リオデジャネイロ大会には間に合わなくても、やがて解決されるかもしれない。だが、ドーピング問題はそうはいかない可能性もある。いま怖いのは、オリンピックがこれまで人々をとりこにしてきた魅力を失っていくことだ。

 最近のオリンピックの物語は、いつも開会式の7年前に始まる。IOCが開催都市を選ぶ年だ。2009年のコペンハーゲンで「リオデジャネイロ」と書かれた紙片が封筒から出てきたとき、ブラジルの招致関係者は「涙を流し、互いにキスをし、ポップコーンのように跳ね回った」と、ジュリアナ・バルバッサはリオデジャネイロをテーマにした著書『神の街で悪魔と踊る』に書いている。

 当時のルラ大統領は部屋中を駆け回り、キスとハグを振りまいた。ブラジル国旗をマントのようにまとったその姿は、「南半球にはあまりいないスーパーヒーロー」にみえたと、バルバッサは記している。

 ホスト国の政治家は、オリンピックには大きな経済効果があると言い立てる。ショッピング中毒の観光客が大挙して訪れ、ホテルは満室になり、開催都市は数十億人のテレビ視聴者に向けて無料で宣伝することができ、新しく設けられる交通機関や競技場は将来にわたって利益をもたらす......と。

 問題はそこから始まる。オリンピックのために新しい会場を造るには、そこに住んでいる人々をどこかへ移さなくてはならない。オリンピックは開催都市が貧しい住民に対し、いつにも増してつらく当たる機会になることが少なくない。

 中国の共産党政権は、「胡同(フートン)」と呼ばれる細い路地にある古い家々を、特にオリンピックを開かなくてもいつでも壊すことができた。それでも2008年の北京オリンピックは、その動きに拍車をかけることになった。

 2010年1月、ルラがコペンハーゲンではしゃぎまくってから2カ月後、リオデジャネイロ市は「移設する110のコミュニティーのリスト・その1」を発表したと、バルバッサは書いている。多くの世帯は割に合わない補償金をもらうか、遠い郊外に代わりの家をあてがわれただけだった。すべてはオリンピックの名のもとに正当化された。リオデジャネイロは、格差の激しい今の時代を象徴するオリンピック開催都市だ。

 もし開催都市が(たとえば2004年大会のアテネのように)幸運に恵まれれば、国の経済が大会終了後にバブル景気にわくこともある。だがリオデジャネイロ大会は、開幕前から災難が続いていた。ブラジルは2014年にサッカーのワールドカップを開催した頃、1930年以来最悪の景気後退に突入した。大会の経済効果を期待していたブラジル人には、冗談としか思えない話だった。

 その後、ジルマ・ルセフ大統領の弾劾裁判が始まった。ほかにも、ジカ熱やチケット販売の低迷、過去の大会以上に遅れた会場建設など、多くの問題を抱えてきた。

 しかしバッハは、ブラジルに相次ぐトラブルの深刻さを小さく見せようなどとはしない。

「この国では政府が危機にあるだけでなく、州政府も危機にある。財政も危機、社会も危機だ。ジカ熱の問題にも立ち向かわなくてはならない。これらすべての結果、この国は深く分裂している」と、彼は言う。だが、これだけの危機がありながらも、ブラジルは7年の間に「都市の状況を改善できた」と、バッハは主張する。

 リオデジャネイロの観光地区からオリンピック公園のある市西部までをつなぐ地下鉄4号線が運行を始めたのは、開会式の4日前だった。オックスフォード大学の調査によれば、今回のオリンピックには総額46億ドル(約4800億円)が投じられ、2年前のワールドカップでも多額の投資が行なわれたが、それでもリオデジャネイロの交通機関は大きく改善されていない。

「あらゆる準備が3カ月前に済んでいればと思うこともあるだろう」と、バッハは言う。「もちろんホスト国には、繁栄し、団結し、オリンピックを開催する日を日々待ちこがれていてほしい。しかし今の世界で、それは夢でしかない」

 確かにそのとおりだ。オリンピックを開くことを快く思っていないのは、リオデジャネイロの住民だけではない。17日間のスポーツ大会のために巨額の金を投じて街をつくり変えようという都市は、今では少なくなった。

 2022年の冬季オリンピックだけでも、オスロ(ノルウェー)とストックホルム(スウェーデン)が費用の問題から立候補を取り下げ、サンモリッツ/ダボス(スイス)、クラクフ(ポーランド)、ミュンヘン(ドイツ)が住民投票で反対が多数だったことから立候補を取りやめた。

 開催都市は北京に決まった。雪がない街だが、重要なことに、住民投票もない。
(つづく)

サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki