3月の「国際金融経済分析会合」に参加したクルーグマン教授(左)黒田東彦・日銀総裁 (c)朝日新聞社

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 日本銀行の黒田東彦総裁が導入を否定したヘリコプター・マネー(ヘリマネ)。しかし、「量的緩和」は実質的なヘリマネだと“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は指摘する。

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<米マサチューセッツ工科大学(MIT)のクルーグマン教授は、日本経済を救うには「日銀が新しく紙幣を刷ってヘリコプターからまけばよい」と言う。(中略)これは、言い換えればインフレ政策である。エコノミストの間で、インフレ悪者論がいまだ根強いのは百も承知である。しかし、ほかに日本経済を回復させ、ひいては世界恐慌を防止する手段があるだろうか? もしなければインフレ政策は必要悪である>

 1998年10月30日付「日経金融新聞」(現在は休刊)のコラム「複眼独眼」の記事だ。当時、インフレは「悪魔の言葉」で、待望論を吐くのは「国賊」扱い。こんな記事を書く人は奇人変人だっただろう。

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 18年前の記事を持ち出したのは、いま話題のヘリコプター・マネーについて語るためだ。高まる論議のきっかけは、主唱者の一人、ベン・バーナンキ前FRB(米連邦準備制度理事会)議長の7月中旬の来日。安倍晋三首相や日本銀行の黒田東彦総裁と会談したことで、日本のヘリマネ導入観測が高まり、円安が一時進んだ。

 一方で、英BBC放送が7月21日、「黒田総裁がヘリマネ導入否定」と報道した。その途端、1ドル=107円台から105円台半ばの急速な円高に。相場も大きく動かしている。

 ヘリマネの定義は、発言者によって微妙に違う。黒田総裁は「現行の法制度の下では実施できない」と述べ、財政法5条で禁止された「国債引き受け」(政府が発行した国債と交換に新しく刷った紙幣を渡すこと)が念頭にあるようだ。

 ヘリマネはわかりやすく、「紙幣をばらまく」とよく説明される。注意すべきは、「紙幣」とは日銀発行券だけでなく、日銀当座預金(日銀当預)も含む点だ。銀行は、顧客の預金の未運用分を日銀当預で保有する。現ナマで持つと、銀行中があふれるためだ。

 日銀発行券と日銀当預を合わせたベースマネー残高がヘリマネの規模。その額は6月で392兆円と、20年前の約8倍になった。

 政府は今年度、約150兆円の国債を入札で市中の金融機関に売り出す。その8割の約120兆円分を日銀が買い取る。金融機関は日銀への転売で利ざやを稼ぐために応札しているとされ、「市場にワンタッチさせての日銀引き受け」だ。

 つまり、日銀が今やっていることは、実質的にヘリマネ「散布」。サッカーで例えると、ゴールを直接ねらう直接フリーキックか、他の選手にワンタッチさせてゴールをねらう間接フリーキックかの差にすぎない。

 今回の騒動、最初に火をつけたのは英国金融サービス機構(FSA)のアデア・ターナー元長官だと理解している。ただ、日本が既にヘリマネを実質的に「散布」している事実を、彼は知らなかったのだと思う。知っていたら、そんな提言をしなかったはずだ。

 ところで、冒頭の記事を書いた奇人変人は、お恥ずかしながら私。最近では、「ハイパーインフレを引き起こす最悪の政策」とヘリマネ反対論の先頭に立つのは皆さまご承知の通りだ。

 いつも同じことを言う頑固おやじと思われる方もいるかと思いますが、私も成長しているのです(笑)。

週刊朝日  2016年8月12日号