『私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ』(遙洋子/筑摩書房)

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 人に好感を持ってもらうことはうれしいものだ。しかし受け入れられない相手からの過度の好感は時に嫌悪感へと変わり、恐怖へと変貌していくこともある。その典型が“ストーカー”だ。

 ストーカー化する人物は元交際相手が多く、被害者は10代もいれば高齢者もいる。芸能人だけではなく年齢や職業、性格、顔のタイプを問わず、さまざまな人が被害者となっている。熱狂的ファンや町に潜む犯罪者以外でも身近に自分を好いてくれる普通の人が加害者となり得るのだ。

 ストーカー事件が起こるたびに問題視されるのが突発的な事件でもないのに被害が止められなかったこと。「困ったな」から一気に刺されたり殺されたりするケースもある。危ないと思った時にはもう遅いかもしれないのだ。これだけ事件が注目されているにもかかわらずいつまでも終わらないストーカー犯罪。そんな中で無事に生き続けるために女性なら一度は目を通しておきたい本がある。『私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ』(遙洋子/筑摩書房)だ。過去の同種の本や警察配布の冊子に記載されている注意点はすべて実践していたにもかかわらず被害に遭った被害者自らが、死なずに生きるために必要な注意ポイントを教えてくれる実践的ストーカー対策本だ。

 ストーカーによる身の危険を感じたら人はどう動き、それによりどう変わるのか。本書で読む著者のリアルな体験はストーカーへの恐怖を増やす かもしれないが、これがひとつの現実であると思ってほしい。

 まず家族や友達、親しい仕事仲間に相談するとしよう。せっかくなら頼りがいのありそうな男性がよいだろう。著者は実家を狙うストーカーの恐怖を兄に伝えた。仕事場に待ち伏せるストーカーからの保護を職場の屈強な男性スタッフたちに頼んだ。ところが、この身近な相談者たちはなぜかストーカーを許してしまう。ストーカーは強き者たちの前では反省を装い弱者ぶるからだ。そして弱者を装った後には必ずと言っていいほど恨みが増しストーカー行為が凶暴化する。

 次に警察に相談するとしよう。著者を狙ったストーカーは両親も住む実家を度々訪れ著者のいない間に土足であがりこんだ。家宅侵入ではあるが現行犯などの明確な理由が逮捕に要すると警察はいう。年老いた母親はストーカー本人を目の前に恐ろしくて警察に通報などできない。パトロールをしてもらってもパトカーが走っている時 にわざわざ罪を犯す犯人などいない。

 今度は弁護士に相談したらどうだろう。ストーカー規制法成立以降の弁護士による助言はこうだったという。まずは「最寄りの警察署などに相談に行く」ようにと。ちなみに著者は警察に相談に行き追い返されている。過去の事件でも身体や生命に危険がある被害に遭っていなかったからと同様の対応を受けている例がある。もし相談できたら「警告申出書」を提出する。そして手続きには認め印が必要であると伝えられる。「殺される!」と駆け込んだら「認め印は?」と言われる、なんとも平和な日本である。この一通りの手続きが完了したらやっと警察に警告を出してもらえるという穏やかさなのである。

 著者はいう。「信頼できる人」と「頼りになる人」は別だと。信頼関係があっても恐怖心を共有できるとも限らないし、「信頼」と「守れるかどうか」は別なのである。

 著者が電車で痴漢にあった際、勇気を出して「痴漢です」と声を上げたが周囲の乗客誰ひとりとして痴漢を捕まえようとはしてくれなかった。この経験により自分で自分の身を守る大切さを感じたという。一見頼れそうな法律や社会のルール、信頼の絆に期待するのではなく、リアルで実践的な方法を知っておくことこそがいざ深刻な危険が自分を襲った時、大きな救いとなることを知っておきたい。

 2000年のストーカー規制法施行後も収まりを見せない事件の数々。今後は加害者への心理療法による対策があげられている。しかし心理療法は事件前にストーカーがカウセリングに行ってくれなくては意味がない。そして事件後ではもう遅い。

 実際の被害経験がないと大げさに感じるような危機感迫る本書のアドバイスに理解を得にくいと感じる人もいるかもしれない。一生関わりのない人もいるだろう。しかしストーカーに目をつけられた時にはもう遅い。大げさが日常へと変わるのだ。“読む”。これだけで、もし命を守る手段をぐっと広げることができるとしたら、あなたは読む、読まないどちらを選ぶだろうか。

文=Chika Samon