アトランタ五輪の基本布陣/城、前園、中田が前線のトライアングルを形成。前園が攻撃の要として日本を牽引し、「マイアミの奇跡」を演じ、ハンガリー戦では2点を奪った。中田は2試合で先発したが、GS最終戦はベンチに。不完全燃焼のまま大会を終えた。

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 高原と遠藤は大会直前の病で辞退し、大久保はクラブの了承を得られず――。水面下で様々な駆け引きがあり、必ず悲喜こもごものドラマが生まれてきた。過去5大会のオーバーエイジを巡るストーリーと、激闘の記録と記憶を振り返る。
 

1996年/アトランタ五輪―グループリーグ敗退
 
 92年のバルセロナ大会から23歳以下のプロ選手の五輪参加が認められ、この大会から3人のオーバーエイジ枠が設けられた。28年ぶりの五輪出場を果たした日本の西野監督は、ワールドカップや五輪といった国際舞台を経験した選手が日本におらず、Jリーグで台頭する前園や中田英らに懸けて、オーバーエイジを採用しなかった。

 本大会ではブラジルに1-0で競り勝つ「マイアミの奇跡」を演じたものの、続くナイジェリアに完敗を喫する。ハンガリーに勝って勝点を6まで積み上げながらグループリーグ敗退を喫した。

 2勝してグループリーグを突破できなかったのは不運だったと言える。ただし結果を見ると、1位ナイジェリアはオーバーエイジふたり、2位アルゼンチン、3位ブラジルは3人フル活用していた。こうした結果を受けて、その後、オーバーエイジを採用することが、メダル獲得の「近道」となっていった。

▼1996年 アトランタ五輪メンバーリスト                                                         
監督/西野朗                                                
コーチ/山本昌邦、ジョゼ・マリオ                                                       
 
▼選手リスト                                                              
POS 背番号 選手(当時の所属)
五輪成績(試合・得点)/A代表歴(試合・得点)
 
GK 1 川口能活(横浜M)
3・0/116・0
GK 18 下田 崇(広島)
0・0/1・0
DF 2 白井博幸(清水)
2・0/―
DF 3 鈴木秀人(磐田)
3・0/1・0
DF 5 田中 誠(磐田)
3・0/32・0
DF 12 上村健一(広島)
2・1/4・0
DF 13    松田直樹(横浜M)
3・0/40・1
MF 4 廣長優志(V川崎)
2・0/―
MF 6 服部年宏(磐田)
3・0/44・2
MF А〜葦狄神察焚I唯董
3・2/19・4
MF 8 伊東輝悦(清水)
3・1/27・0
MF 10 遠藤彰弘(横浜M)