〈ライフ≒ワークな生き方〉
激務の通勤生活、今年で何年目? ふと気づけば、プライベートの暮らしは仕事に押しつぶされてぺちゃんこに。何のために頑張っているのかわからなくなることさえありますよね。「いつまでこんななんだろう」「働き方を変えたい」「でも方法が分からない」この連載では、そんな悩みや迷いをえいやっ!と乗り越えて、“ライフ”に“ワーク”をぐんと引き寄せてしまった彼女たちに話を伺います。

柔らかなパンに、丁寧に味付けされた具がたっぷり入ったサンドイッチ。「多忙なお母さんが、片手で食べられるものがいいなと思って」4年前、雑司ヶ谷の自宅近くでサンドイッチカフェ「あぶくり」を始めた嶋田玲子(しまだ・れいこ)さんは、以前は大企業のキャリアウーマンでした。「母親って諦めることばかり」と不平不満を募らせる日々と決別し、自分らしい働き方や働く場所を、1からつくることにしたといいます。

子どもを産むと、会社での立場は一変する

――以前は、何の仕事をしていたのでしょうか?

嶋田玲子さん(以下、嶋田):本田技術研究所で、車の外装やインテリアのカラーと素材のデザインを手掛けていました。異分野の人間とチームを組み、2、3年がかりで開発していくという夢のある仕事でした。

数少ない女性の先輩は、男性並みにバリバリ働き、オフは仕事仲間とアウトドアを楽しむといった会社生活謳歌型。その姿に憧れながら、わたしが目指す未来とは少し違うかもしれない、とも思っていました。

――お子さんが生まれたのは、いつですか?

嶋田:2008年に長女を出産し、会社での立場は一変しました。時短勤務で17時には退社しますから、夕方以降の会議は出られず、出張も無理。プロジェクトに主体性を持って関われなくなるのは当然ですよね。しかも復帰した途端に、次女を妊娠(笑)。また産休、育休です。

だんだん、会社に行くのがつらくなりました。独身の後輩がのびのびと働いているのが羨ましくて。デスクでサポート業務をしていると、暇ができたりするのがまた、辛かった。こどもを預けて、会社に来ているのに。上司も、子育て中のわたしがどんな仕事をする状態がベストか手探りしていたでしょうから、会社が悪いという単純な問題でもありません。

そんな鬱憤から、家では夫婦ケンカが絶えなくなりました。夫ばかりが自由に仕事ができる不公平も感じてしまって。すると夫が、「人生一度きりなんだから、そんなことなら会社辞めちまえ!」と。確かにそうだなと思い、辞めることにしました(笑)。

退職後、たった4ヵ月でカフェ営業開始

――なんと(笑)。潔い決断ですね。

嶋田:ええ。子育て中でもやりがいの持てる仕事は、自分でつくるしかないと覚悟を決めました。

わたしが中学生の頃のことですが、父の仕事がうまくいかず、専業主婦だった母が突然働かなければならなくなって。男性によって人生が左右され、与えられた仕事をこなすだけの母を見て、「自分は、楽しみながら稼げる仕事がしたい」と強く思ったんです。自立心が強いのは、そんな経験からかもしれません。

――次の仕事は、どのようにして決めたのですか?

嶋田:昔から、カフェを経営するのが夢でした。2011年12月末に上司に退職希望を伝え、翌2012年3月末に退職し、4ヵ月後の8月1日に「あぶくり」をオープンしました。

――それは早い!

嶋田:そうなんです。飲食店の経営経験がないから、まずは1年ほど勉強かなと考えていたのですが、夫から「何で早くやらないの? 考えるより、動けば?」と(笑)。4歳と2歳の子どもを抱え、物件探しとリノベーション、そしてサンドイッチ開発をするという、無我夢中の日々でした。でも、1年後にやろうと思っていたら、一生やらなかったかもしれません。

お店は、退職金と400万円の借金を元手にして、建築家の夫がわたしのアイディアをもとに設計し、まわりの協力を得ながらほぼDIYでつくりました。ちなみに「あぶくり」は娘の造語。青虫のおしりから生まれる生き物なんですって。

「お母さん」が経営するカフェらしいスタイルを

――「あぶくり」を始めてから、暮らしはどのように変わりましたか?

嶋田:経営者になって分かったのは、こどもが小さい時に会社の時短制度を使って出勤することは、すごく大変な思いをしなくてもお金がもらえるのだ、ということ。自分がそこに甘えていることに、気付かなかった。当時のわたしは「やりがい」や「達成感」を求めて会社を辞めました。今は、わたしが主体的に考えて稼がなければならないから、大変です。でも、楽しいです。建築事務所を経営する夫とも、経営者同士で互いの苦労を共有、理解できるようになりました。

家は近所の古民家なんですが、子どもたちはよくここに来てわたしの働く姿を見ながら育ち、いつも応援してくれます。いろんな習い事には通わせられないけれど、自分たちにしかできない子育てをしたいね、と話しています。

――子育てしながら経営者になるなんて、本当に大変そうですが。

嶋田:もちろんラクではないです。難しい局面もあります。そんな時は、母親という立場を生かした経営を考えるようにしています。

例えばこの界隈を見渡しても、夜営業をしているお店はたくさんありますよね。当然このお店も、頑張ってお酒の出せる夜に開かなければ、と考えたことがありました。ただその場合、わたしは夜お店に立てませんから、スタッフの教育、雇用環境などの課題は満載。

どうしたものかと悩み果てている時に、ふと「夜ではなく、朝がいいのでは?」と、思い至りました。子育てしながら働くお母さんらしいスタイルにすればいい、と。

母親の手が空くのは、子どもたちが家を出た後の、朝です。朝活でランニングした後や、家事を一通り終えて一息つきたいのも、朝。実はカフェを求めている人の多い時間帯だと気づいたのです。そこで最近、8時からのモーニングを始めました。地域のお母さんたちが重宝してくれています。

スタッフにとっても、朝早く起きて夕方早めに切り上げる方が健康的ではないかと。長く楽しんで働ける職場にすることも、大きなミッションです。

あの時、会社を辞めていなかったら…

――少しずつ、理想の暮らしに近づけているのですね。

嶋田:そうなんです。やってみて、うまくいかない悩みから、働き方や暮らし方を見直すきっかけをもらう。その繰り返しですね。もしあの時、会社を辞めずにいたら、「やりたくないのにやってきた」「わたしばっかり」と、何でも人のせいにしていたと思います。

今も、常に不安はあります。常にピンチです(笑)。でも人は、ピンチを乗り越えようとする。そして振り返ると、少し成長した自分がいます。その時はつらいけれど、「わたしこれで成長できるよね、いいじゃん!」と思えるようになりた。ピンチは、知らなかったことを知る機会だよね、と。