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●細胞の自食作用「オートファジー」とは
東京工業大学 科学技術創成研究院 大隅良典栄誉教授は、細胞の自食作用である「オートファジー(Autophagy)」の機能を世界で初めて肉眼で確認し、その分子レベルでのメカニズムや関連遺伝子について明らかにしてきた細胞生物学者だ。

オートファジーは、神経変性疾患や癌などといったさまざまな病態に関する多くの機能と関連があることが示唆されている。大隅栄誉教授は、生物科学および医学分野に重大な影響をもたらしたことにより、今年6月に国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞を受賞した。

同賞は、80以上の医薬品の発見と開発に貢献したベルギーの薬理学者 ポール・ヤンセン博士の栄誉を称えるために創設された賞だが、大隅栄誉教授は「私自身は良い薬を作ったわけではなく、研究が直接的に社会の役に立ったわけではない」とあくまで基礎科学の研究者として一貫した姿勢をくずさない。

一方で、日本においては国立大学運営費交付金などの基盤的経費が年々削減され、競争的資金への移行が強まり、短期的な成果を求めた出口指向の研究が求められるようになってきている。数年で成果が出るようなものではない基礎科学にとって、非常に厳しい現状であると言える。大隅栄誉教授は、この状況をどう捉えているのだろうか。

大隅良典博士プロフィール
東京工業大学 科学技術創成研究院 栄誉教授/総合研究大学院大学 名誉教授/基礎生物学研究所 名誉教授。1945年福岡県生まれ。1972年に東京大学理学系研究科博士課程修了。ロックフェラー大学、東京大学、基礎生物学研究所などを経て現職。2016年国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞のほか、藤原賞、日本学士院賞、朝日賞、京都賞生命科学部門、慶應医学賞、国際生物学賞、ガードナー国際賞、ローゼンスティール賞、ワイリー生物医学賞など、数々の賞を受賞している。
○細胞の自食作用「オートファジー」とは何か

――この度は、国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞の受賞、おめでとうございます。まずは、大隅先生の研究対象であるオートファジーについて、改めてご説明いただけますか。

私たちの身体は、タンパク質が機能してできています。DNAからタンパク質が合成される遺伝子発現の過程については、分子生物学のセントラルドグマが確立して以来、膨大な数の研究が行われてきました。ものができるということは非常にポジティブに見えるので、遺伝子発現の研究は分子生物学のなかでも王道でした。しかし、よくよく考えてみると、タンパク質は合成されたぶんだけ増えていくわけではなく、そのぶん壊れているはずです。合成と分解の平衡が成り立っているからこそ、私たちの身体があるのです。

分解は受動的なものだからなのか、長年のあいだ重要視されてきませんでした。しかし、我々の身体が合成と分解の平衡関係で成り立っているということは、分解を理解しないと生命を理解することができないということになります。この分解の機能をメインで担っているのが、ユビキチン・プロテアソーム系とオートファジーです。

――ユビキチン・プロテアソーム系とオートファジーは、何が違うのでしょうか。

ユビキチン・プロテアソーム系では、壊したいタンパク質が標識されることで、プロテアソームという酵素複合体によって分解されます。一方、オートファジーは、もう少しファジー(fuzzy)な現象で……(笑)、隔離膜によって取り囲まれた細胞質が、"わっ"と分解されます。ユビキチン・プロテアソーム系でタンパク質を壊すには、結構なエネルギーが必要になるため、飢餓状態のときなどには、オートファジーが重要です。

――オートファジーにおいて、隔離膜によって取り囲まれた細胞質はどのようにして分解されていくのでしょうか。

酵母の細胞内には液胞という袋があり、液胞のなかにはさまざまな分解酵素があります。これらの酵素をタンパク質の合成の場に放ったら、せっかく合成したものがどんどん分解されていってしまう。そこで、生物がとったストラテジーは、合成の逆、分解の際には膜を隔てましょうというものです。

私の最初の疑問は、本当に液胞が分解の役目を持っているのであれば、どうやったら分解するものをそこまで運べるのか、どんなときに、何を、どうやって分解するのかというところでした。これがオートファジーの問題の基本です。もちろん細胞の中身を無差別に取り込んでもよいし、ミトコンドリアを食べましょうとか、バクテリアを食べましょうとか、特定のものを取り込んでもよいわけです。

私が発見したのは、酵母の場合、二重膜でできた隔離膜が細胞質を包んで、オートファゴソームというものを作る。これが分解コンパートメントである液胞と融合し、分解されていく、ということです。また、それに関わる遺伝子群も見つけました。

○オートファジーの研究はまだ "三合目"

――先日、オートファジーの初期過程に働く巨大複合体の仕組みを解明されたということで記者会見を行われていましたね。会見で大隅先生は、オートファジーの研究はまだ三合目だと仰っていました。

オートファジーのメカニズムは、もちろん、なんとしてでも解きたいと思っています。しかしそのためには、オートファジーに関わるタンパク質一つひとつの構造を決めて、それがどう相互作用して、どう複合体を作って……という解き方をしなければなりません。私は、それは誰かがやってくれればよいと考えているので、私の研究室を出て行く人たちに対しては、個々の研究テーマをそのまま持っていくように言っています。すでに自分のラボを構えている人たちもいるので、彼らがやってくれるはずですから。私はこれからちょっと違ったことをやりたいと思っています。

――違ったこと、というのは?

私はどちらかというと生理学的なことに興味があるので、もう一度原点に戻って、何がどういう状況で分解されているのか、分解されたものが本当に全部アミノ酸になるのか、といったことを調べることで、オートファジーがどれだけ大事なのか、きちんと見たいと考えています。それは、酵母でしかできません。そういった研究を通して、生物の研究をしている人たちに新しい提言ができればいいな、と。

●科学は科学であり、技術に従属しているものではない
○科学は科学であり、技術に従属しているものではない

――オートファジーの異常は、神経変性疾患やがんなどの疾患を引き起こすとされ、その治療や予防といったところへの応用が期待されており、今回の国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞の受賞につながったと思います。しかし、大隅先生は、一貫して基礎科学の部分を重要視されて研究を行われてきたような印象を受けます。昨今の日本においては、科学に対して短期的な成果を求められる風潮があるように思いますが、この点についてはどうお考えですか。

私自身は良い薬を創ったわけでもないし、直接的に社会貢献をしたわけではないので、こういうベーシックな研究を評価してくださり、賞をいただけたということは、とてもありがたいことだと思っています。

我々の時代は、国が基礎科学を支えるものだと信じてきたし、産学協同というのが良くないものだという雰囲気がずっとありました。しかし、社会がこれだけ疲弊してきたら、社会を空洞化させないためにも、企業がある程度サポートしましょうとか、社会がサイエンスを支えるんだ、という風潮になるべきなのですが、日本にはそういう文化がありません。

ノーベル賞も本来はそういう意味合いがあるのですが、最近では応用色が強くなってきています。もちろん、それ自体がけしからんというわけではないのですが、それが続いてしまうと、生物分野ではやはり医学応用に結びつかないといけないような雰囲気が出てきてしまい、非常に短絡的に考えるようになってしまいます。

――生物学をはじめ基礎科学分野においては、「役に立つ/立たない」の議論は盛んにされていますよね。

一方で、素粒子や天文学の研究などは応用面を問われることはあまりなく、二極化してきているように感じます。天文学は人類の憧れで、それなりに国家予算も使われています。天文学にはものすごくファンがいるじゃないですか。でも、生物学のファンはなかなかいない。すぐに、「これって何の役に立つんですか」と聞かれてしまう。

うちの学生も、母親に、「あんた何やってるの」「それが何の役に立つの」と言われているそうです。科学はすぐに役に立つものだという認識が、日本には定着しているのかもしれません。私はこのごろ、そういった質問に対しては「役に立ちません」と答えたほうが正しいのではないかと考えるようになりました。本来、科学は科学であって、技術に従属しているものではありません。研究によって人間の知の集積が少しでも上がったのであれば、それはそれとしてよい。役に立つというところでは測れないと思っています。研究の成果が数年で薬になるなどいう、短絡的な考え方はしないで欲しいな、と。そうでないと、基礎科学は成り立たないので。

近年では運営費交付金が削られて、研究費は自分で稼ぎなさいと言われるようになってきています。しかし、特に理学部などには、すぐに稼げるような研究は滅多にありません。私は今、そういうところにとても興味があり、大学にいるうちに何か役に立てないかと考えています。

○日本では共同研究がやりにくい?

――昨今では、さまざまな分野の研究者が協力して研究を行う流れがあると思います。大隅先生も多くの方々と共同研究を行われていますよね。

幸いにも、オートファジーは多くの人に注目していただいたので、共同研究者にはとても恵まれています。やはり研究は全部一人でやれるものではないので、共同研究は非常に大切です。しかし、なぜか知らないけれど、日本ではなかなか難しいんですよね。海外のほうが進んでいます。それは、メンタリティの問題なのかもしれません。日本では、偉い先生にこんなことを頼むのはいかがなものかと、自己規制する文化があるんですよね。

研究費の仕組みの問題もありますが、ぜひやらせてくださいと言えば、たいていの研究室ではやらせてくれます。資源の活用という意味でも、研究の水準を上げるという意味でも、もっともっとオープンになればよいと考えています。日本では、オープンラボと言っても、部屋だけがオープンで、大事なところには鍵がかかっていたりします(笑)。本当の意味でのオープンラボは、日本にはあまりないですね。

――最後に、読者の方にメッセージをいただけますでしょうか。

若い研究者のみなさんには、ぜひ自分でおもしろいと思えることを見つけて欲しいです。おもしろくないことをやっていても仕方がありません。おもしろいことが見つかったら、「まぁ何とかなるさ」という精神でチャレンジしてみて欲しいなと思っています。

一方で、社会はそれをサポートするような体制を作っていかなければなりません。一度くらい失敗しても、またチャレンジできるシステムを作ってもらわないと、私がやっていた研究もそうですが、リスキーなことはなかなかできません。「若いうちに一流誌に掲載されないと先がないよ」と言われてしまうと、いくら研究がおもしろくても、サイエンスの世界に残ろうという気分になれません。国だけではなく、財団や民間企業にも協力していただいて、社会全体でサイエンスを支えているんだという意識を形成していくことが大切なのではないでしょうか。

(周藤瞳美)