『松本城、起つ』六冬和生 早川書房

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 第一回ハヤカワSFコンテストで大賞を受賞したデビュー作『みずは無間』、それにつづく『地球が寂しいその理由』と宇宙を舞台にスケールの大きな作品を送りだしてきた六冬和生だが、第三作にあたる本書は一転して信州松本が舞台のご当地小説だ。だが、スケールの大きさは前二作に引けをとらない。考えようによっては、いっそう壮大とも言える。なにしろ複数の歴史線が関わっており、いわば多世界をまたいだ運命が描かれるのだ。

 主人公は信州大学経済学部の学生、巾上岳雪(はばうえたけゆき)。同じスーパーでアルバイトしていた女子高生、矢諸千曲(やもろちくま)に強引に頼まれて彼女の家庭教師をしている。千曲は理系学部への進学を希望しているのだが、学校の成績がふるわないわりにろくな受験対策もしていない。巾上を家庭教師にしたのも、予備校へ通わない口実にするためだ。この千曲のいっけん奔放にみえるキャラクターが、のちのち大きく物語にかかわってくる。

 巾上と千曲が今日待ちあわせをしているのは、彼女の模試の結果を確認するためだった。しかし、千曲はぬらりくらりとはぐらかし、巾上を松本城へと引っぱっていく。彼女は歴史オタクなのだ。そこで大地震に遭遇し、ふたりは江戸時代へタイムスリップしてしまう。

 巾上と千曲は同じ場所同じ時点に到着したわけではなく、バラバラに飛ばされてはぐれてしまう。しかも、このタイムスリップはこれまでのSFが扱ってきたのと異なり非常に変則的で、巾上は鈴木伊織という藩士の身体に意識が入りこむのだが、千曲は自分の身体のままだ。高校の制服姿の彼女は江戸時代のひとからみれば異様ないでたちであり、松本城に祀られている二十六夜神(にじゅうろくやしん)と同一視されてしまう。

 ふたりがいまいるのは貞享(じょうきょう)三年(1686年)、未曾有の大凶作の年であり藩が課す年貢の軽減を求めて百姓一揆が起ころうとしていた。巾上は鈴木伊織になりきってたくさんの犠牲者が出る一揆を食いとめようと奔走する。いっぽうでは藩政治の情勢の把握につとめ、もういっぽうでは農民たちの説得を試みる。そのためにある村を訪れると、そこで神様扱いされた千曲が農民たちと楽しそうに馴染んでいるではないか。巾上はいかにも気楽な様子の千曲に苛立ち、つい強い言葉をぶつけてしまう。しかし逆に千曲から「巾上君、ひょっとして、歴史を変えたら二十一世紀に帰れるなんて思ってないよね?」と問われてしまう。じつは千曲には彼女なりの事情があるのだが、この時点では巾上にも読者にもそれは知らされない。

 一揆を阻止すればいいという単純な話ではない。重い年貢が課せられたままならば農民は飢えるばかりで、やはり多数の犠牲者が出る。年貢軽減を求める農民の要望を藩がのめば良いが訴えることで裏目に出る可能性もあり、たとえ認められても処罰者が出ずにすむはずはなかろう。なりゆきによっては一揆よりも悪い結果が導かれてしまうかもしれない。

 現代人が過去にタイムスリップして歴史の流れに関わってしまう。半村良『戦国自衛隊』、眉村卓や光瀬龍のジュヴナイルをはじめ、これまで多くのSFが扱ってきた題材だ。因果律をどこまでタイトに考えるかにもよるが、たいていの場合はタイムパラドックスや時間の輪が絡んでくる。それがストーリーにパズル的は興趣をもたらす。『松本城、起つ』でも最初はそれに沿っているようにみえる(実際、江戸時代に到着した巾上はその問題を意識して行動する)のだが、物語の中盤で突然にモードが替わる。

 これから読むかたの興をそぎかねないので詳しくはいえないが、巾上と千曲のタイムスリップは偶然ではなく意味があった。そして、彼らが担っているのは一揆で多くの死者を出さないといった局所的なことではなく、時空まるごとの保全なのだ。つまり、うまくいかなければ、彼らが出発した二一世紀以降の世界すらも壊滅してしまう。松本市どころではない、人類、いや宇宙全体の運命が関わっているのだ。

 こうした超巨視的な時空構造が提示されるいっぽうで、巾上の気持ちは自分の目の前にいる農民ひとりひとりへと向かう。宇宙全体が死のうが自分だけが死のうが、その当事者にとってはそこで世界が終わるのである。もちろん、共同体のロジックとして、たとえ自分が犠牲になってもそれで仲間が幸福になれるのならで死ぬ甲斐があると考えることもできる。村を代表して年貢減免を訴えでようとしている多田加助(ただかすけ)はもとよりその覚悟だ。しかし、加助の思惑どおりにいかないことを、その後の歴史を知っている巾上はわかっている。ならば、それに代わる良策はあるか?

 巾上は時間ループのなかで何度か運命の改変をおこなおうとするが、ことごとく裏目に出てしまう。自分を理解して手助けしてくれると思っていた千曲も、むしろ邪魔するような行動をとる。どうやら彼女も時間ループのなかで、より運命がうまくいく方向を選ぼうとしているらしい。さらに、タイムスリップしている人間はほかにもいるようだ。

 プレイヤーが多く歴史の因果も複雑なため、過去をこう変えればのちの歴史がこう変わるというふうに一意的には決まらない。巾上が苦悩するところでもあり、読者は先が読めず霧の中を進む心地である。完成形がわからないジグソーパズルを必死に組み立てていくような焦燥感。しかも、それが論理的に解くという以上に、登場人物の思惑や情緒のスレ違いが深く関わっている。このジリジリする感じはこれまでの六冬作品にもあった。持ち味といってよかろう。

 そのいっぽうで、時間SFの醍醐味ともいえる「じつは○○は□□だった」という意外性もちゃんと仕掛けられている。二十六夜神伝説や貞享の百姓一揆など松本の史実が借景のように生きているのも、大きな読みどころ。

(牧眞司)