『34歳無職さん』(いけだたかし/KADOKAWA)

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 働きたくない――。社会人経験がある人ならば、誰しも一度はこう思ったことがあるのではないだろうか。けれど、いざ無職になったとしたら。大半の人が慌てて次の職を探すと思う。働くことが嫌だとしても、やはり収入がない状況というのは不安なものだ。

 しかし、『34歳無職さん』(いけだたかし/KADOKAWA)の主人公は違う。勤め先が潰れてしまったことを機に、「一年間無職でいよう」と能動的に無職という立ち位置を選択したのだ。本作は、そんな彼女の何気ない毎日を追いかけた、実に淡々としている作品である。

 作中では、主人公の名前が明かされないため、ここでは便宜上「無職さん」と呼ぶことにするが、そんな彼女の毎日はとっても地味。卵やタマネギを特売で買えなかったことを悔やみ、ゴミの日の早起きに苦労する。遊びに行ったりはせず、娯楽と言えば文庫本を読むことくらい。終日外出をしない日もあり、誰とも話をしないなんてことはざら。けれど無職さんは、決して自堕落にはならない。毎朝、きちんと朝食を作り、極端な夜更かしはせずに床に就く。だからこそ、彼女の姿から「悲壮感」が漂うことはない。投げやりな思いから無職になったのではなく、彼女なりに思うところがあり今の状況を選択したことが伺えるのだ。

 また、ストーリーが進むに連れて、無職さんの複雑な身辺が少しずつ明らかになる。どうやら彼女には離婚歴があり、小学生の娘がいるよう。元旦那との関係性は悪くないものの、娘とは少しギクシャクしている。そして、元旦那には新しい恋人がいるため、元サヤの可能性はないらしい。……ここで、「どうやら」という言葉を使ったのにはワケがある。それは、本作では必要最低限の情報しか開示されないから。無職さんがどうして離婚したのか、娘との間に何があったのか、元旦那は無職さんをどう思っているのか、それらに関する説明描写は徹底的に省かれており、読者は無職さんの日常からそれらを読み取るしかないのだ。ご都合主義な展開やセリフまわしがないため、本作は非常にリアル。それゆえに、読者は無職さんが抱えているものを知ろうと、ページをめくっていくことになる。

 家族との関係性や自分の将来に悩みつつも、傍目からは悠々自適に暮らしている無職さん。しかし、彼女が置かれている状況がハッと迫ってくるワンシーンがある。それは、7巻に収録されているエピソードの中。同じアパートの住人から「仕事は何をしているのか」と尋ねられ、思わず「在宅でモノ書きをしている」と答えてしまうのだ。

「無職なんです」とは胸を張って言えない。そのことが彼女を攻め立てる。何もせず、ただひとりで生きることすら思うようにできない。どうしてなんだろう――。

 あらためて自分自身と向き合った無職さんは、再就職に向けて一歩踏み出す。けれど、34歳で一年間のブランクがある彼女を受け入れてくれるところはあるのか。自ら一年間のモラトリアム期間を選択した彼女が、いったいどんな答えを出すのか。その結末が描かれる最終巻は、7月23日(土)に発売されたばかり。働くことの意味に悩んだことがある人は、ぜひ単行本で彼女が出した答えを確かめてみてほしい。

文=五十嵐 大