『韓流経営 LINE(扶桑社新書)』(NewsPicks編集部/扶桑社)

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 韓国に短期留学していた昨年、大学内での連絡事項のほぼすべてをカカオトークでやり取りしていた。「先生の誕生日プレゼントを買うから、1人3000ウォン(約300円)用意して」という軽いものから「三限の教室は××に変更になりました」などの重要なものまで、生徒から教師まで全員の会話がカカオトークで繰り広げられていた。

 カカオトークを知らない人のために一応解説すると、キャラクターのスタンプが使える無料メッセンジャーや無料通話機能があるアプリのことで、韓国のカカオ社が2010年にリリースしている。現在韓国内では9割のシェアを誇っているが、「それってLINE?」と思うかもしれない。そう、2011年6月に生まれたLINEはカカオトークと「ほぼ同じ」機能を持って作られたアプリで、アイコンのカラー(カカオは黄色でLINEは緑)やキャラクターなどが違う程度。しかし日本では圧倒的にLINEがシェアを誇っていて、人口の半分以上となる6800万人の月間ユーザーを抱えているという。

 なぜ日本では先行リリースされたカカオトークではなく、LINEが普及したのか。それはLINEが「日本生まれ」だったことが大きい。しかしLINE株式会社は、ポータルサイトなどを運営する韓国のIT企業「ネイバー」の子会社だ。要するにLINEは、韓国系企業から生まれた日本製アプリなのだ。

『韓流経営 LINE(扶桑社新書)』(NewsPicks編集部/扶桑社)は、「日本人による、日本に本社を置く企業が作った、日本人の心の琴線をとらえたサービス」のLINEが韓国ネイバーの子会社から生まれたことに触れつつ、同社が上場するまでについてを徹底的な取材を通して書いている。

 LINEには、前社長の森川亮氏や現社長の出澤剛氏以外に「表に出ないキーマン」がいるのではないか。記者ならではの嗅覚による疑問をぶつけ、LINEの生みの親のシン・ジュンホ氏と韓国ネイバー創業者のイ・ヘジン氏という、2人の韓国人にたどり着いている。彼らは森川氏らとは違い、ほとんど日本のマスコミに登場してこなかった。その理由の一つが、「日本人が持つ韓国製や韓国へのアレルギー」だとこの本は分析している。実際にサムスンや現代自動車、コスメメーカーのアモーレパシフィックなど韓国企業は日本市場では苦戦を強いられてきた。それはこの国に漂う、「嫌韓ムード」と決して無縁ではない。本の中でもLINE関係者の

「フェイスブックが米国製だと聞いても、拒否感を示す日本人はいないでしょう。だけど韓国と日本という2つの国の間にだけは、いまだに、特別な感情があります。素直に言うと、LINEを日本人向けにマーケティングするにあたって、韓国が関わっている部分はどうしても使いたくない要素でした。今でもほとんど知られていないのですが、LINEの開発には当初から、韓国側のエンジニア部隊も深く関わっています」

 という声を紹介している。

「日本市場で成功するために、現実を受け入れる」と言わんばかりに、韓国側の関係者は表舞台に出ないことを選んだ。それが功を奏したのか、韓国産であることを前面に押し出しているカカオトークではなく、日本人の多くがLINEを選んでいる。残酷でもある話だが、選択は正しかったようだ。

 しかし彼らは、ただの黒子ではなかった。LINEは7月15日に日米2か国で同時上場したが、この本によるとシン・ジュンホ氏のストックオプション割り当て数は断トツの1位で、2位のイ・へジン氏の約2倍となっている。社長の出澤剛氏は5位で、シン氏の100分の1以下しかない。さらにコニーやブラウンを生み出したイラストレーターのMOGIことカン・ビョンモク氏の方が、前社長の森川亮氏よりもやや多く保有している。

 そしてLINEがメジャーではない米国での同時上場にこだわったのも、東証が定めた「全株式の35%以上を市場に流通させなくてはならない」のルールから外れて、韓国ネイバーがLINE株の80%強を握ったまま上場させるためだった。韓国側の関係者は、名より実を取ったのだ。そういった「LINEの裏事情」までを、この本は詳細に明かしている。

 だが同時に、取材班は「『LINEは日本企業か、韓国企業か』という不毛な議論を展開するつもりはない」と断言し、こう喝破している。

「敢えて言いたい。日本人が誇るべき『メード・イン・ジャパン』への思い入れは、時に海の外で起こっているIT産業のダイナミックな変遷を見落とすリスクになってはいないだろうか。LINEという企業やサービスに学ぶべき点は、日本という国だけを見つめていては、決して理解することはできないはずだ。それこそ、LINEが日本の産業に送っている本当のメッセージであるはずだ」

 LINEはよく言われる「日韓の架け橋」といったゆるふわなものではなく、たくさんの紆余曲折(このあたりは本に詳しく書かれている)とIT産業の風を読むセンス、そして日本の空気を韓国側が受け入れたことで誕生した、「アジアのアプリ」と言えるだろう。

 現在のところLINEは日本と台湾、タイとインドネシアで上位シェアとなっている。韓国では相変わらずカカオトークが、それ以外の国では「WhatsApp(ワッツアップ)」や「WeChat(ウィーチャット)」というアプリが市場をおさえている。しかし出澤氏が上場に関する記者会見で「われわれは単純なメッセンジャーを超えて、ビジネスの入り口になるスマートポータルを目指している」と語っているように、LINEは今後、ポータルサイトのイメージに近いものを目指していくそうだ。

 過去の苦労や成功体験にこだわらず、ナショナリズムにこだわらず、ひとつの形にもこだわらない。この本に描かれたLINEのあり方は、もしかしたらIT産業のみならず日韓や個人のあり方にも、未来へのヒントを与えてくれるかもしれない。

文=朴 順梨