■金メダルシューズ職人・三村仁司に聞く(2)

 ヒットメーカー池井戸潤の最新作の舞台は銀行ではなく、足袋屋! 話題の小説『陸王』は老舗足袋屋が数々の困難に立ち向かいながら、ランニングシューズの開発、製作に挑む物語。この「足袋屋」と同じように、メダリストたちのシューズ製作を手掛けてきた三村仁司氏も、これまで多くの困難に遭遇し、克服してきた。

 前回は三村氏のキャリアを振り返りつつ、メダリストとなった有森裕子、高橋尚子とのエピソードを聞いた。今回は現在のシューズ作りについて、そして、今後の目標について語ってもらった。

 三村は2009年にアシックスを退社後、地元の兵庫県でシューズ工房の「M・lab(ミムラボ)」を設立。2010年からはアディダスジャパンと専属アドバイザー契約をして、商品開発に携わり。アディダスブランドの特注シューズも選手に提供している。

 シューズを注文しに来た選手たちには、ただ足型を取って作るだけでなく、脚の状態を細かく調べて、どの部分が弱いかなどを指摘。その改善のための方法などもアドバイスしている。再び、選手が測定に来たとき、指摘した部分が改善されていない状態を見てがっかりすることもあるそうだが、男子マラソンの今井正人(トヨタ自動車九州)、リオ五輪男子マラソン代表になった石川末廣(本田技研)や佐々木悟(旭化成)らは、しっかり改善に取り組んでいると評価する。

「瀬古利彦や宗兄弟の時代にはそこまでやっていなかったのですが、細かくデータを取るようになったのは2000年頃からですね。そのキッカケになったのは、高橋尚子が99年世界選手権で欠場したこと。その原因となった左右の脚の長さの違いをもっと早くわかっていれば、矯正用のシューズを作るなどで故障の発生を防ぐこともできたのでは、と思って......。

 最近は以前より測定が細かくなったこともありますが、バランスが悪い選手が多いと感じます。そういうことを選手本人だけではなく、監督やコーチも知っておく必要があります」

 選手によって弱点部分は違うので、どこが弱いのかを指導者や本人が知っていれば、そこを強化することで故障を未然に防止できる。

「今の方が食事面も気をつけているし、合宿も頻繁にあって、練習ができるチャンスはいっぱいある。それなのに日本が弱くなっているのは練習量が足りないからです。指導者も『これ以上やらせたら故障する』といって量を控えてしまいますが、そうならば、故障しないように練習をさせればいいんです」

 故障が多くなっている理由のひとつには、クッション性の高いシューズがもてはやされる傾向があり、選手たちもそれに慣れてしまっていることがあるという。三村の子供の頃を考えれば、足袋で走ったり、裸足で走ったりして足が鍛えられ、感覚も鋭くなっていた。だが、今では小学生の運動会でも、ソールが薄いと危険だからといって厚いシューズを履いている子供が多いという。

「体が大きな外国人だったら、多少クッション性が高くてもそれを潰せますが、日本人の場合は着地で足が振れてしまい、靱帯などに負担がかかって故障につながりますし、リズムが取れなくなる。今の選手はそういうのに小さい頃から慣れてしまっています。

 以前は(ソールの厚さが)つま先で8个らい、踵(かかと)は12个らいでしたが、今はつま先が13个らいで、踵は2僂發△襦瀬古利彦や宗兄弟の時代に、今と比べて故障が少なかったのは練習も薄い靴でやっていて、その状況で脚の筋肉も鍛えられていたからだと思います」

 シューズの選び方も、走る距離やスピード、接地面がアスファルトなのか、芝生なのかによって変わってくる。たとえば、ロードをゆっくり2〜3時間走るなら、疲れにくいように多少クッション性の高いシューズを履き、インターバルやリズムを重視するペース走なら、試合用と同じくらいのシューズを履かなければいけない。だが、そこまで気を使っている選手や指導者は少ないのではないかという。

「マラソンシューズとしての理想の硬さや厚さはありますが、選手それぞれの感覚もあるから、それを考慮して、いかに理想の数値に近づけるかです。

 走りやすいようにするためには、いろんなデータを取って『お前にはこのくらいの厚さで、このクッション性がある素材のソールがいいよ』とか判断してあげないといけないわけです。

 たとえば、リオ五輪女子マラソン代表の伊藤舞(大塚製薬)の場合は足首の柔軟性が少しないので、これまでより少し可動範囲を広げられるようなクッション性のいいものにして、ソールもフラットでは走れないので、ヒールを少し高くしたものを作らなければいけないと考えているんです」

 個人によって履くべき靴は違う。「みんなが履いているから」とか「売れているから」という理由だけでシューズを選ぶのは間違っているという。市販品も今は多様な種類が出ているので、その中から自分の走りに合っているものを選ばなければいけない。

 また、シューズを選ぶ場合は本人のフィッティング感が最重要だが、自分の左右の足のサイズに違いがないかも、気をつけなければいけないという。三村が作る場合は大きさも2.5价碓未砲靴討い襪、メーカーの場合は5价碓未澄だが、20人に1人くらいは左右の足のサイズが5舒幣絨磴ぁ中には7.5个ら1cmも違う人も100人に1人くらいの割合でいるという。

「以前うちに、2人でゴルフシューズを作りに来た人は、2人とも左右の足のサイズが5舒磴辰討い董■運佑榔Δ26.5僂悩犬26僉もう1人は同じサイズで左右が逆で......。それで『あなたたちは26僂26.5僂侶い鯒磴辰董∧卻ずつ交換したらいいんですよ』と言ったんです。そのあとはいつも一緒に靴を買っているそうですが、そういうこともあるんですね(笑)。

 左右別々のサイズを買えるようにメーカーが対応するのは無理だろうけど、市民ランナーでも、そういう気遣いや工夫も必要だと思いますね。特に市民ランナーの人たちはみんな、年齢がいけばいくほど頑張っているから道具は大切にしないと......」

 また、かつて三村は生まれてから36年間歩けず、靴を履いたことがない人の母親から「一度靴を履かせてあげたい」と頼まれてシューズを作ったことがあるという。その人が初めて靴を履き、車椅子から立ち上がった姿を見た母親は号泣していたそうだ。そんなキッカケもあり、左右の脚の長さが5僂皸磴辰道堡里侶い任呂Δ泙歩けないなど、障害のある人からシューズ作りを頼まれることも度々あるという。

「これからは高齢化社会になって、歩くくらいは自分で何とかしたいという人も増えるだろうから、そういう人たちにも履きやすい靴を作ってあげる必要もあると思いますね。外反母趾がひどい人もいるから、そういう人たちがラクに履ける靴も提供できればいいと思います」

 三村は外反母趾で苦しんでいる人が来ると、お風呂に入った時に3〜4分伸ばしてみるのもいいとアドバイスしている。それもプロ野球の新庄剛志が、三村が何気なく口にしたアドバイスをずっと実行し、アメリカから帰国した時には外反母趾をきれいに直していたという事実があったからだ。「お前手術したのか、と聞いたら、『社長に言われた通りにやっていたら治ったんです』といわれてビックリした」といって笑う。

「障害を持っている人たちや、高齢者のための靴づくりも頼まれたらやっていきたいし、やらなければいけない責任や使命感はありますね。ただ、私は基本的にはスポーツをする選手に強くなってほしいし、記録を出してほしい。

 その姿を見て多くの人が感動してくれたらいいと思うから、それを支えるような靴を作っていくことが目標ですね。素材メーカーには今以上にいい素材を開発してもらい、自分もそれを組み合わせてより良い理想の靴を作りたいと思っています」

 三村が考える理想のシューズは、レース用だけに限られるわけではない。

「走るというのはレースだけではないんです。自分が満足できるような練習ができてこそ、それが試合の結果になる。だから、日々の練習が一番大事。まずは、(肉体的には)十分鍛錬できて、精神的には余裕を持てるような練習ができるような靴を作ってあげたいんです」

 選手たちの走りや動きを細かく測定し、気がついたことをアドバイスするのも、三村にとってはシューズ作りの一環だ。それは選手たちに満足する結果を出し、「スポーツをやっていてよかった」と思える競技生活を送ってもらいたいからこそ。それがシューズ職人、三村仁司の思いである。

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi