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中小企業・小規模事業者の多くでマイナンバーの対応準備が進んでいないなか、中小企業からマイナンバーの取り扱いを委託される立場にある税理士は現状どこまで対応準備を進めているのでしょうか。顧問先である中小企業の従業員等のマイナンバーをある程度収集している税理士事務所もあれば、マイナンバー対応のシステムを準備しただけで収集はこれからという事務所もあります。

昨年税理士会を中心に、多くの税理士向けのマイナンバー対応研修会が開かれるなど、マイナンバー対応にそれなりの時間を割いてきた税理士でも、準備が順調に進められていない現状の課題を探ります。

○税理士事務所のマイナンバー対策 現在の準備状況

弊社ではこの6月税理士を対象にマイナンバーをテーマにした研修会を数回開催しました。その際のアンケートで「マイナンバー対策に対する貴事務所の課題をお聞かせください」(複数回答)という問いに対する回答は以下のようなものでした。

1を回答した税理士事務所では、マイナンバー対策の準備は整えつつも、書類や情報の管理にどこまでセキュリティ対策を行えば良いのか不安を抱えたまま、マイナンバーの収集など準備を進めている様子をうかがうことができます。

2、3、5の回答からは、マイナンバー対策の準備を進めようとはしているが、まだマイナンバーの収集までは進めきれていない税理士事務所の状況が浮かび上がってきます。

4の回答は、12月の年末調整にはじまり、2月から3月にかけて個人事業主の所得税確定申告、5月の3月決算法人の法人税申告という税理士事務所の繁忙期と呼ばれる時期の間はマイナンバー対策に手がつかないまま現状を迎えている税理士事務所も相当数あることを示しています。

こうした事務所でも「これからマイナンバー対策に着手し8月くらいをめどに顧問先に連絡したい」と具体的な計画を立てはじめています。税理士事務所の繁忙期と呼ばれる時期を終え、ようやく税理士事務所のマイナンバー対策がこれから本格化していくことになるようです。

○税の分野でのマイナンバー 制度施行後のあいつぐ変更の影響

中堅企業のマイナンバー対策がそれなりに進むなか、税理士事務所のマイナンバー対策が相対的に遅れてしまったのは、それなりの理由があります。

昨年のこの時期には税理士対象のマイナンバー研修会が開催され、多くの税理士や事務所職員も参加して、昨年のうちにマイナンバー対策を進め、顧問先の中小企業の従業員等のマイナンバーの収集まで進めようという流れができていました。ところが、マイナンバーの通知カードの送付が予定よりも遅れ、集めたくても集めきれないうちに年末調整から始まる繁忙期に突入してしまいました。

また、昨年10月のマイナンバー制度の施行前後から税の分野のマイナンバーの取り扱いについて変更が相次いだことにより、そこまでマイナンバー対策の要件として考えてきた内容を再度考え直すことになってしまったことも、税理士事務所のマイナンバー対策へ影響を与えたものと思われます。

例えば、「これだけ変わったのだから、まだ変わるかもしれない。変更点が全部出てくるまで、あわてないほうが良い」と「様子見」する税理士がでてくるのもある程度しようがないといえなくはありません。

そして、税の分野で最初にマイナンバーの記載が求められた、平成28年の個人事業主の償却資産申告書では、提出先であるほとんどの市区町村で「マイナンバーの記載がなくても受け取らないことはない」としたため、個人事業主からのマイナンバーの収集を先延ばしすることができました。また、このような行政側の対応から、今後ともマイナンバーの記載がなくても同様の対応が続くのではないかと期待する考えが出てくる傾向もあるようです。

こうしたことが重なり、かつマイナンバーの利用開始という平成28年1月が時期的に繁忙期に突入する時期であったため、税理士事務所のマイナンバー対策が遅れてしまったことはいたしかたないともいえます。ただし、中小企業のマイナンバー対策を支えていく役割を担うことになる税理士事務所がこのままマイナンバー対策の準備を怠ると、その影響は顧問先である中小企業にまで及んでしまいます。

まず、ここでは制度施行後の変更点を整理し、税理士が受け持つ領域で、何をしなければいけないのか、何をしなくて良くなったのか、まずはっきりさせておきましょう。

○本人交付の源泉徴収票へマイナンバーの記載は不要

当初、年末調整で従業員本人に交付する源泉徴収票にも、マイナンバーの記載は必要とされていました。となると、税理士事務所で年末調整を請け負っている中小企業の従業員の人数分、源泉徴収票にマイナンバーを印刷して中小企業に渡し、従業員個々人に配布してもらうというプロセスが必要となり、このプロセスでの漏えいリスクにどのように対応するか、税理士事務所にとっても中小企業にとっても大きな課題でした。これが不要になったことで、このプロセスはこれまで通りの運用ですむことになり、税理士事務所にとっても中小企業にとっても大きな負担軽減となりました。

○扶養控除等申告書 条件付きでマイナンバーの記載を省略

給与支払者と従業員の間で合意があり、別途従業員から収集した従業員および扶養親族のマイナンバーがきちんと従業員等と紐付けられて管理されている場合は、扶養控除等申告書にマイナンバーの記載を省略できることが、国税庁のFAQで示されました。その後の平成28年度税制改正で、扶養控除等申告書についてはマイナンバーの記載を不要とする「特例」が設けられましたが、FAQで示された方法はこの「特例」の一つの運用方法として認められています。もともとこの方法は、企業が保管を義務付けられている扶養控除等申告書にマイナンバーの記載を不要とすることで、中小企業の負担軽減をはかるものとして設けられた方法です。

税理士事務所はマイナンバー収集のために扶養控除等申告書にマイナンバーの記載を求めるのではなく、別な方法で収集し扶養控除等申告書にはマイナンバーを記載しないことにして、顧問先の中小企業・小規模事業者の負担を軽減するような運用を実現すべきです。

○個人事業主関連の申請・届出書 マイナンバーの記載不要な書類が増える

昨年発表された平成28年度税制改正大綱のなかにマイナンバー記載対象書類の見直しがかかげられ、平成28年度税制改正で個人事業主が使用する申請・届出書のなかから、かなりの書類がマイナンバーの記載は不要とされました。この改正でマイナンバーの記載が不要となる申請・届出書の内容は[図1]の国税庁のホームページで確認することができます。

個人事業主関連の申請・届出書でマイナンバーの記載が不要とされたものは、その多くが平成29年1月1日以降適用分になっていますので、現時点では原則マイナンバーの記載が必要ということになりますが、[図1]の「改正に伴う対応について」にある通り、「国税庁では、法施行日(平成29年1月1日)前においても、マイナンバーの記載をようしないこととされた書類については、マイナンバーの記載がなくても改めて記載をもとめることなく収受することとしています。」とし、施行日前でも、これらの書類ではマイナンバーの記載は不要として取り扱われることになりました。

このように、当初マイナンバーの記載が必要とされていた書類が、記載不要となったり、現実の行政側の運用でマイナンバーの記載がなくても受け取る対応がされたりすることで、税理士事務所のマイナンバー対策準備が今一つ進まない状況となっていると思われます。

ただし、このホームページにある「平成29年1月1日以後も引き続きマイナンバーの記載を要する書類」の一覧にある通り、個人事業主の所得税申告書や、源泉徴収票や支払調書などの法定調書は今後もマイナンバーの記載を要する書類として位置づけられており、税理士事務所のマイナンバーに係る主要業務にはなんら変更がないことは確認しておくべきです。

来年1月には源泉徴収票などの法定調書や給与支払報告書などの書類に従業員や扶養親族のマイナンバーを記載して提出しなければならないことに変わりはありません。支払調書には支払先が個人事業主の場合、支払先のマイナンバーを記載しなければなりません。そして、来年2月から3月にかけて行われる個人事業主の所得税申告書では個人事業主およびその扶養親族や専従者のマイナンバーを記載して提出しなければなりません。 これら税理士事務所がマイナンバーを取り扱う業務が繁忙期の業務であることを考えたら、今「様子見」などしている場合ではありません。今からでも遅くはありません。まだこれからという税理士事務所では今すぐにでも準備を開始しなければ、顧問先からの信頼を失いことになるといっても過言ではありません。

○税理士から中小企業へ 理解を進め今が準備を一気に進めるとき

最初にみたアンケートでは、「顧問先の理解をえられていない」という回答が一定数ありました。また、準備を進めている事務所で直面する問題として顧問先の従業員が「通知カードを紛失している、また届いているか覚えていない」といった状況があることを課題にあげる税理士事務所もあります。

まずは、事務所内でマイナンバーの取り扱い責任者・担当者を決めて、責任者・担当者を中心に以下の手順で準備を進めていきましょう。小規模な事務所の場合は責任者は税理士が、担当者は正社員である職員が担当するようにしましょう。

そして年末調整から法定調書の業務を請け負っている顧問先の中小企業・小規模事業者に対して、マイナンバーの取り扱いの委託を受ける旨の覚書を取り交わすのを機に、マイナンバーの記載が必要となる書類等を中小企業・小規模事業者に示し、これらの書類で必要となる従業員等のマイナンバーを収集しなければならないことを、少なくとも経営者には理解してもらえるようにしましょう。その際に大事なのは、従業員等のマイナンバーの取り扱いにおいては雇用主である中小企業・小規模事業者が一義的な責任を負うこと、かつ委託先となる税理士事務所の監督責任も負うことはきちんと説明しておくことです。とはいえ、実際にそのような役割を果たすことが難しいのが中小企業・小規模事業者の実態ですから、税理士事務所がきちんとマイナンバーへ対応することで、中小企業・小規模事業者へ負担をかけないことなどを説明し、「安心して任せてください」といえるだけの体制作りをしていくことが大事です。

そして、従業員が「通知カードを紛失している、また届いているか覚えていない」といった状況を想定して、扶養親族分も含めて通知カードをきちんと保管しておくこと、すでに紛失等で通知カードが手元にない場合はマイナンバー入りの住民票を、マイナンバーを収集する時期までに取得してもらうことも想定した従業員向けの案内を作成し、できればいつまでに収集するのか、その時期も示しておくと良いでしょう。

こうした顧問先への案内を進めつつ、体制作りを並行して進めていく必要があります。

税理士事務所の体制作りということでは、基本方針や取扱規定等規定の作成から職員の教育なども大事なポイントとなります。もっと大事なのは、中小企業・小規模事業者と連携したマイナンバーの取り扱いの運用において、マイナンバーの保管や利用を税理士事務所が担う以上、中小企業・小規模事業者には一切マイナンバーを「持たせない」ようにすることで、中小企業・小規模事業者に安心してもらえるようにすることです。先に見たとおり、扶養控除等申告書はマイナンバーの記載が省略できるようになっていますので、中小企業・小規模事業者が義務として持たなければならないマイナンバー記載書類はありません。これを活かせば、顧問先である中小企業・小規模事業者がマイナンバーを持たずにすむようにすることができます。

そして、マイナンバーの収集においても顧問先が負う役割を最小化できる仕組みで運用することです。クラウドサービスとして提供されるマイナンバー管理システムでは、マイナンバーの持ち主である従業員等がみずからスマートフォンなどでマイナンバーを入力し、本人確認書類を写メで撮るだけでクラウドにアップロードできます。顧問先の担当者は、従業員等の入力したマイナンバーと本人確認書類の画像データで本人確認を行うだけで役割を果たすことができます。このクラウドサービスによる方法は、顧問先に従業員等のマイナンバーや本人確認書類を紙ベースで集めてもらい税理士事務所に受け渡すという方法に比べると、顧問先でのマイナンバーの漏えいや紛失のリスクを最小化した収集方法といえます。

また、クラウドサービスとしてのマイナンバー管理システムでは、税理士事務所としても「持たずに管理できる」マイナンバー対策となりますので、現状のマイナンバー対応のシステムに不安を感じているのであれば、システムの切り替えも含めて検討すべきです。

税理士事務所としては、以上の年末調整業務に係るマイナンバーの取り扱いに加えて、所得税申告書を受託している個人事業主からもマイナンバーを収集しなければなりません。こちらもマイナンバーに係る案内などから始めて、時期を決めてマイナンバーを収集できる体制を作っていかなければなりません。

年末調整業務に係るマイナンバーの取り扱いで「安心して任せてください」といえる体制作りができていれば、個人事業主のマイナンバーの取り扱いも大丈夫ということになります。

税理士事務所として、顧問先中小企業・小規模事業者に安心を提供するマイナンバー対策を実現するために、以上のようなことを確認した上で、今からでも準備を始めることが何より肝心です。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。

(中尾健一)