『こころに効く精神栄養学』(功刀浩/女子栄養大学出版部)

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 現代日本はストレス社会といわれている。過酷な労働環境や息苦しい人間関係。こうした絶え間ないストレスにさらされて実際に心が折れてしまう人も少なくない。実際、精神疾患にかかる人の数も急増中だ。そんなハードな毎日を生きる我々サバイバーにとって、生き残るためのマニュアルともいえる1冊が登場した。これが本書、『こころに効く精神栄養学』(功刀浩/女子栄養大学出版部)である。精神栄養学? 医学ではない。栄養学である。心の病気というと精神的な問題がクローズアップされがちだが、それだけが原因とは言いきれない。どうやら心の健康と食事の間には切っても切れない関係があるようなのだ。

精神栄養学とは、心の病気や脳の働きに関連する栄養学的要因や食生活習慣などについて明らかにする新しい学問領域である。この十数年の間に急速に研究が進み、心の病気と関係する種々の栄養学的異常や偏った食生活習慣が明らかになり、診断や治療に有用な研究成果も蓄積されてきた。

 特に栄養とうつ病の関連について取り上げつつ、この聞き慣れない学問領域の入門書として書かれたのが本書である。日本の精神医学における治療では薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬など)と心理療法(認知療法など)が主流で、精神栄養学という学問の認知度はまだまだ低い。しかし、ビタミンやミネラルの不足、オメガ3脂肪酸の不足などにより、うつが誘発されることが実験で明らかになっている。すでに海外では、こうした研究結果を受けて、栄養療法や食事改善指導が精神疾患の治療の一環として実践されているらしい。本書で取り上げている精神栄養学は、得体の知れないオカルトではない。科学的な根拠に基づいたきわめて真面目な研究なのだ。ちなみに現役の精神科医である著者は次のように述べている。

うつ病などの心の病が蔓延する現代のストレス社会にあっても、good enoughな(ほどよい)栄養をとり、睡眠や運動などの生活習慣にソコソコ気をつけていれば、精神疾患はかなり予防できるのではないか、と私は思う。

 さらに精神疾患の患者には、栄養に関する一般的な知識が不足している人、食事のバランスが極端に崩れている人が多いとも。しかし、そもそも著者の指摘に無関係でいられる人が今の日本でどれだけいるだろうか? 大多数の日本人の食事のバランスはすでに乱れている。たとえば日本の大人は慢性的な野菜不足だ。成人1日の野菜摂取量の平均値は272.85グラムで、目標値350gには遠く及ばない(厚生労働省「平成25年度国民健康・栄養調査」)。特に20代から30代の若年層では1日あたりの摂取量が250グラム未満と野菜不足の傾向が強まる。つまり、そもそも心身の健康を保つのに必要なビタミンやミネラルなどが足りていない人の割合が高いのだ。また食事の欧米化にともない、オメガ3脂肪酸を含む魚介類の消費量も低下している。精神栄養学の観点から考えると、大半の日本人は精神疾患予備群ということになってしまうのだ。

 エッセイ風の文章ということもあって、本書の語り口はやさしい。しかし読み進めていくと、耳が痛くなるような話がどんどん出てくる。曰く、内臓脂肪が多いと精神安定に役立つホルモンであるセロトニンが減るらしい。糖尿病の患者はうつやアルツハイマーを併発する可能性が高い。運動はうつの予防になるほか、改善にも(薬とほぼ同等の)効果がある、など。これらのエピソードから見えてくるのは、心と身体はつながっているという厳然たる事実だ。不健康な生活習慣は、生活習慣病や肥満だけでなく、心の病気をもたらすリスクも高い。逆に、食生活を含めて健康的な生活習慣を身につけることができれば、精神疾患を予防できる可能性も高くなる。また、万が一かかってしまっても治療経過をよくすることができる。うつを含む精神疾患は今や日本の国民病だ。本書は、これまで注目されてこなかった「栄養学」の観点から、これらの病気と闘うために必要不可欠な知識を提供する。現在闘病中の方はもちろん、ストレスと闘っているすべての現代人にとって、必携の1冊である。

文=遠野莉子