『夜を乗り越える』(又吉直樹/小学館)

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 昨年『火花』で芥川賞を受賞し、大ベストセラー作家となった又吉直樹氏の『火花』以来初となる新書『夜を乗り越える』(小学館)が話題となっている。

 本書で著者は、自身の原点を振り返り、読書から得たものや、影響を受けた作品や作家に対する想いを通じて「なぜ本を読むのか?」というテーマに挑む。また『火花』を始めとする自らの作品の創作についても触れ、その舞台裏を明かしている。

 文学との出会いを語るにあたり、人を笑わせる快感を知り、表現することを強く望みながらも、自意識や周囲からの評価のギャップに悩み苦しんだ少年時代を振り返っている。

 その葛藤から著者を救ったのは、国語の教科書で読んだ芥川龍之介の『トロッコ』、太宰治の『人間失格』との出会いであった。

この主人公、めっちゃ頭の中でしゃべっている。俺と一緒くらいしゃべっている

 本を読むことで自分の中の不確かだった感覚を確認し、受け入れることができた。初めて読んだ時の感動がこの一言に集約されている。

複雑でどうしようもなかった感情や感覚を、形の合う言葉という箱にいったんしまうことができるのです。

 著者はこうした共感体験を読書の面白さ(醍醐味?)のひとつとして挙げ、読書に馴染みのない人にも伝わる言葉で表現しようと心を砕き、本を読むことへの足がかりにつなげようと試みる。

 また本書には、著者の膨大な読書遍歴の中から近代、現代文学、エッセイなど多数の作品についても触れられており、本好きな人にとっても次に読みたい本を見つける手がかりになりそうだ。

 全編を通じて慎重に言葉を選んでいる印象だが、〈創作について――『火花』まで〉の章では一転、自著『火花』についての悲喜こもごもを、切実な想いや感情を露わにしている。

『火花』を書き終えたときに、これは議論になるんじゃないかと思いました。でもまったくなりませんでした。僕が思っていた議論には。

 著者が思っていた議論とは、端的に言えば、『火花』を「文学作品」という俎上(そじょう)に載せたうえでの、文章表現や内容に関する侃々諤々(かんかんがくがく)だった。しかし実際に起こった議論といえば、「落ち目芸人に賞を取らせるほど文学界は云々…」やら「話題作り」など、文学以前の別世界での不毛な論戦だったのだ。

 『火花』という新しい文学作品に対して、ベテラン世代からは叩かれたとしても、きっと若い世代からは支持する声が上がる。かつての文豪たちや、明石家さんまやダウンタウンなどの一流芸人たちが経験したように──。どうやら著者の中には、そんな議論の構図が思い描かれていたようだ。

 タイトルである「夜を乗り越える」については、本書の中に何度かそのエピソードが登場する。一章を割きその魅力を語る太宰治に向けたメッセージであり、作家の中でも特別と評する中村文則の作品『何もかも憂鬱な夜に』への想いや『火花』を小説として扱ってくれた人への感謝などの何重もの意味を込められている。「夜を乗り越える」は、著者が本を読む理由に思いを巡らせた時に見つけた、その答えに最も近い言葉なのかもしれない。

 本書はカバーの裏にも大の読書好きであり、笑いの表現者である著者らしい仕掛けが潜んでいる。ぜひ、手に取って確かめてみてほしい。

文=鋼 みね