28日、梅州網は、「ドイツ人は日本の小学生の空港での読書をどう見たのか?」と題するコラムを掲載した。資料写真。

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2016年7月28日、梅州網は、「ドイツ人は日本の小学生の空港での読書をどう見たのか?」と題するコラム記事を掲載した。

6月末、タイの空港で日本の小学生50人余りが、飛行機を待つ間、静かに読書をしていたことがタイのネットユーザーによって伝えられ、現地タイや中国で大きな注目を集めた。コラムはこの出来事についてのドイツ人の見方を紹介している。以下はその概要。

当時、ちょうどドイツ人の家にお邪魔していた。主人は私の友人で、コーブルク市政府に勤めて20年余りになる。友人の妻は小学校で教師をしている。子どもは大学生から中学生まで4人がいる。

私はかの出来事について、彼らに簡単に説明したのだが、奥さんの反応に私は驚いた。「こんなこと、私たちドイツの子どもはまねできないわね」。彼女は、「もうすぐ飛行機に乗って帰国して両親に会えることに興奮しているはずなのに、静かに読書をしているなんて信じられない」と感じたそうだ。子どもはクラスメートとおしゃべりしたり、はしゃいだりしたがるもので、こうした状況で真面目に読書をするなど、ドイツの子どもでは考えられないという。

彼女は、「もしドイツで日本の小学生のような集団読書のような現象が起きるとすると、それは、教師が自分の時間を確保したり、面倒を増やさないようにするために児童に指示することがほとんどだ」と話した。そして、そのような教師は称賛されないばかりか、批判の対象になるのだという。

ミュンヘンに住んでいるドイツ人の友人も彼女と同じ反応を示した。彼は、この出来事は子どもの本来の姿に合致しないと考えていた。「一部の児童が読書をしているのはわかる。でも、全員が読書をしているのは普通ではない」。一方で彼は、東アジアの「集団主義」という価値観が関係しているという見方も示した。「みんながあることをしているのに、自分だけが違うことをしては笑われたり、叱られたりするのではないか、という感情だ。もっとも、本を読むこと自体は悪いことではない」と語った。

また、彼はこうも話した。「中国人はドイツ人を誤解している。ドイツは集団主義の意識が強いのだと思っているようだが、実際は違う。ドイツの教育は個人を重視する。個人精神が十分に発揮されてこそ、社会は進歩するという考え方だ。集団主義は時に、社会の進歩を阻害してしまう」。

では、ドイツ人の読書への考え方はどういうものなのか。まず、政府や学校、教師が読書の重要性や面白みを伝え、自発的に読書をする週間を身につけさせる。子どもに正解のない課題を与え、本や資料を読み、自分なりの答えを出させる。次に、授業や家庭での自習時間には勉強に集中させ、それ以外の活動では子どもの個性を開放させる。3つ目は、自然に読書ができる環境を作ることなのだ。(翻訳・編集/北田)