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【石原壮一郎の名言に訊け】〜大橋巨泉

Q:このあいだ大橋巨泉さんがお亡くなりになった。巨泉さんが遺した名言に「集団の真ん中にいたら、絶対にダメだ。どうせなら、ビリを走れ。時代の風が逆から吹いたら、自分がトップに立てる」というのがある。俺は、この言葉に納得できない。時代の風が逆から吹かなかったら、ビリはビリのままだ。そもそも巨泉さんのように才能がある人はいいけど、凡人がこんな心がけでいたってうまくいくわけがない。おとなしく真ん中にいるほうがマシじゃないのか。こんな考え方は、間違っているんだろうか。(長野県・30歳・営業)

A:巨泉さんらしい刺激的な言葉ですね。巨泉さんがお亡くなりになって、この言葉もあらためて注目されているようです。間違っているか間違っていないか、それは他人が決めることじゃありません。真ん中にいたほうがマシだと思うなら、そういう生き方をするのはあなたの自由です。巨泉さんだってけっしてビリを走っていたわけではないわけだし、ツッコミを入れようと思えばいくらでも入れられるでしょう。

 ただ、あなたがもし、この言葉の「アラ捜し」をすることで、得意気な気持ちになっているとしたら、それはどうかなと首を傾げさせていただきます。ネット上では、他人の言葉や行動にケチをつけることに生きがいを覚えている人が少なくありません。まあ、そうやってプライドを必死で保ってきた人は、昔からたくさんいたんでしょうね。ネットの発達で存在が見えやすくなったり、大きな声を出す楽しさに溺れる人が増えたりしただけで。

 そもそも「名言」というのは、そのとおりに行動すれば大丈夫という「正解」を与えてくれるものではありません。与えてくれるのは、あくまで「ヒント」です。自分にとっての「正解」は自分で見つけ出す必要があります。「自分を劇的に変えてくれる大きな気づき」を棚から牡丹餅的に期待しているだけでは、せっかくの「名言」も活躍のしようがありません。巨泉さんは、こんなふうにも言っていました。

「人に助言を与えることにも用心深くしよう。賢い人はそれを必要としないし、愚かな人は心に留めないだろうから」

「名言」も同じ。私たちはなかなか「賢い人」にはなれません。しかし、周囲から助言を受けたり、心に引っかかる「名言」を知ったりしたときには、どう受け止めるのが自分にとって有益かを貪欲に考えるぐらいの賢さは持っていたいもの。言い訳がましく反発したり屁理屈をつけて否定したりするのは、心に留めない「愚かな人」以上に愚かな反応と言えるでしょう。あっ、すいません。せっかく相談してもらったのにケチョンケチョンに言って。

「集団の真ん中にいたら、絶対にダメだ。どうせなら、ビリを走れ。時代の風が逆から吹いたら、自分がトップに立てる」――。含蓄に富んだいい言葉じゃありませんか。集団の中でもがき苦しんで自分を見失っている人にとっては、別の価値観もあるんだと思うことで大きな救いになるはず。何かに挫折して時代に取り残された気になっている人は、自分の武器を身に付ける大切さに気づくことができるでしょう。それこそ、けっして棚から牡丹餅を期待すればいいと言ってるわけではありません。

 ケチョンケチョンに言ってしまいましたが、どうかお気になさらず。私がもっともらしく言っていることも含めて、他人の言うことなんてアテにならないというのが大前提です。自分の考えに自信があるなら、そのまま「真ん中」を目指してください。時代の風の吹き具合によっては、いつかトップに立って高笑いできる日が来るかもしれません。あ、でも、べつにそんなことは望んでらっしゃらないんですよね。失礼しました。