「J-NSC 自民党ネットサポーターズクラブ」トップページより

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■ネットで広がる「植松容疑者の主張はわかる」の声

 神奈川県・相模原で発生した障がい者大量殺害事件について、本サイトではその背景に、ヘイトスピーチなど排外主義の蔓延や、自民党による弱者切り捨て政策の影響があると指摘してきた。すると案の定、ネット右翼からは「ジミン叩ければあんな悲惨な事件でも利用するのか」「左翼はなんでも体制批判の道具にするからクソ」「さすが糞アカヒのリテラ」などという反応が寄せられた。

 であれば、あらためて事実を確認しておこう。報道によれば植松聖容疑者は「障害者は死んだ方がいい」「何人殺せば税金が浮く」などと主張していたとされるが、いま、ツイッター上ではその主張に同調する声が広がっている。

〈そうやってみんなすぐ植松容疑者が異常だと言い張るけど行動がよくなかっただけで言ってることは正論だと思う〉
〈植松の言ってることはこれからの日本を考えるとあながち間違ってはいない〉
〈穀潰しして連中に使われる予定だった税金を節約して、国の役にたったよ彼は。弱いものって誰? 精神障害者はどんなに暴力や暴言はいても罪に問われない無敵の強者だよ?〉

 しかも、これは複数のアカウントによる発言だが、彼らは〈自民と公明が勝ってるのみるとマジでせいせいする〉〈安倍総理を応援してる自分がいる〉〈【拡散】安倍晋三に総理大臣を辞めて欲しくないと思う人はRT〉などともツイートしている。こうした障がい者ヘイトを垂れ流している連中の多くが自民党支持者、あるいは安倍政権が醸成させている空気を身にまとっていることは、もはや疑う余地がない事実なのだ。


■自民党ネトサポ会員が「植松の言うように障害者はいなくなるべき」

 さらに、「自民党ネットサポーターズクラブ会員として愛国という視点から自らの意見を論理的に述べる」という副題のついたあるブログが、事件後、「重度障害者を死なせることは決して悪いことではない」なるタイトルの文章を公開していることも確認できる。自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC、通称ネトサポ)とは自民党公認のネットボランティア組織。政策ビラ配りやネットでの世論工作などを担当する部隊で、安倍首相はその最高顧問のひとりに名を連ねている。

 その"自民党のネット別動部隊"の会員を自称する人間のブログが、植松容疑者の"虐殺思想"に共鳴している事実は重い。

 まず、このネトサポは、植松容疑者が「障がい者なんていなくなればいい」という趣旨の供述をしていることについて、〈植松の言葉自体には実は聞く価値のある部分もある。それは「障害者は邪魔である」という観点だ〉と書いている。以下、吐き気をもよおす障がい者差別やジェノサイドの扇動が続く。紹介するのもためらわれるが、コアな自民党支持層がどのようなことを考えているのか確認するためにも、このネトサポの文章をそのまま引用する。

〈考えてみてほしい。知的障害者を生かしていて何の得があるか?まともな仕事もできない、そもそも自分だけで生活することができない。もちろん愛国者であるはずがない。日本が普通の国になったとしても敵と戦うことができるわけがない。せいぜい自爆テロ要員としてしか使えないのではないだろうか?つまり平時においては金食い虫である。
 この施設では149人の障害者に対し、職員が164人もいる。これではいくら職員を薄給でき使わせたところで採算が取れるはずもない。そんな状況では国民の税金が無駄に使われるのがオチである。無駄な福祉費を使わなくて済ませることが国家に対する重大な貢献となる。だからこそ植松が言うように障害者はいなくなるべきなのである。〉

 要約するまでもない。「自爆テロ要員としてしか使え」ず、「いなくなる」ことが「国家に対する重大な貢献」などとのたまうこのネトサポは、障がいをもつ人たちが「生きる」ことを、直裁的に否定しているのだ。


■石田純一や野田聖子にも「障害者の子ども殺せ」と迫るネトサポ

 しかもこのネトサポは、植松容疑者の供述ににわかに感化された結果、"障がい者抹殺思想"をさらけ出しているわけではない。事件前の投稿でも、障がい者やその家族に対するヘイトをぶちまけているのだ。たとえば、7月9日にはタレント・石田純一の都知事選立候補の意向の報を受けて、〈もしも都知事になりたいならばまずは自分の子を死なせてからにするのが筋であろう〉と書いている。

〈石田には東尾理子との間に子供が1人いるが、そいつはダウン症である。つまり育てるのにカネがかかる。東京都知事は言うまでもなく公務員である。公務員は国民のために尽くすのだから無駄遣いをしてはいけない。だからこそ無駄遣い以外の何物でもない子供は死なせるべきなんだ。無駄な医療費を使わなくて済むのだからこれは国家に対する重大な貢献となる。政治家なのだから率先して自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけない。〉

 念のため言っておくが「石田純一と東尾理子の子はダウン症」というのはデマだ。いずれにせよ、この自民党支持者の"障がい者は税金の無駄遣いだから殺すべき"という考え方は、かなり根深いものがある。7月19日には、野田聖子衆議院議員についても、〈絶対に総理にしてはならない人物だ。その理由は野田の子どもの存在である〉などと述べている。

〈野田議員の子どもは重い障害をもっており、1年で9回の手術を受け、脳梗塞になり産まれてからずっと入院、人工呼吸器を装着し、経口摂取は不可、右手右足に麻痺があるという体たらくである。当然この子供にかかる費用はバカにならない。総理大臣として意味のない支出は実に致命的だ。国会議員は言うまでもなく公務員である。公務員は国民のために尽くすのだから無駄遣いをしてはいけないのだ。
 だからこそ野田は総理大臣になりたければ、無駄遣い以外の何物でもない子供の治療を即刻辞めるべきでなのだ。もちろん死んでしまうが無駄な医療費を使わなくて済む。これこそ総理大臣に求められる国家観なのだ。政治家なのだから率先して自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけないのだ。〉(原文ママ)

 なお、この投稿の冒頭で、野田氏が安倍首相の総裁任期延長をけん制する発言を行ったことに対して、〈1議員の分際で自民党にたてつく発言をしてのである。大変許しがたい〉(原文ママ)としていることから、このネトサポは、熱烈な安倍晋三シンパと見るべきだろう(ちなみに、このブログの「愛国リンク集」には安倍首相の公式HPがリンクされている)。


■自民党支持者が障がい者排除の根拠にしているのは自民改憲案

 さらに2013年9月3日にも、同様に野田氏に関して〈自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけない〉と述べているのだが、注目すべきは、その投稿がこのように結ばれていたことだ。

〈こういう自分勝手な人間が増えたのも日本国憲法のせいである。自由を謳い、権利を行使しなくてよいという天賦人権論が日本人を堕落させたのである。だからこそ自民党は天賦人権論を否定する憲法案を出したのである。この憲法が通れば国民の血税を使っても他人に対する感謝の心を持てるようになる。
 自民党は野田議員と改憲案の矛盾を解消するために野田議員に子供の延命治療を中止するよう勧告するべきだ。どうせこのまま生きていても長生きはできないし、治療費がさらにかさんで国民が迷惑を被るだけである。それよりも子供なんかさっさと死なして日本のために死んだと持ち上げたほうが自民党の勝利に貢献することになる。だから野田議員は決断をするべきである。母親としてよりも国家公務員としての立場が優先されるのは当然なのだから。〉

 ある意味でこのネトサポが述べていることは"正しい"。もちろん「子供なんかさっさと死なして」などという、どうかしているとしか思えない主張のことではない。いささか逆説的だが、この暴論は、自民党が2012年に発表した改憲草案の本質を、的確に説明しているのである。

 いうまでもなく、天賦人権説とは、すべて人間は生まれながら自由にして平等であり、誰もが幸福を追求する権利をもつというもの。日本国憲法のいわゆる三大原理のひとつ「基本的人権の尊重」の根底をなす思想だ。しかし、自民党改憲草案では、起草委員である片山さつき参院議員が〈天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です〉(片山氏ツイッターより)と発言しているように、これをすべての人間から剥奪すべく企図されている。

 事実、自民党改憲草案は、個人の権利に対して〈責任及び義務が伴う〉と強調し、現行憲法が個人の権利利用の目的や幸福追求の条件として付す《公共の福祉》を軒並み〈公益及び公の秩序〉なる文言にすげ替えている(草案12、13、29条)。

 上述のネトサポが障がいを持つ人間を「死なせるべき」なのが「国家に対する重大な貢献」であると繰り返すのは、まさにこの《公共の福祉》から〈公益及び公の秩序〉への変更の本質をつく解釈だろう。その意味において、このネトサポが述べる"障がい者の存在は、自民党憲法草案と「矛盾」する"というのは、まったく正しい認識と言わざるをえない。

 言い換えれば、このコアな安倍支持者は、"すべての人間が平等に有す権利を剥奪し、国家の元に人権を制限すべき"という自民党改憲草案のストレートな体現者なのである。

 そして、今、安倍首相の周りにいる自民党の極右政治家たちも、直接、口には出さないものの、おそらく、このネトサポと同じく「障がい者や役に立たない老人はいなくなった方が国家のためである」くらいのことは考えているはずだ。

 実際、石原慎太郎や石原伸晃、麻生太郎らは、過去に障がい者や高齢者に対して安楽死を口にしたり、「いつまで生きているつもりなのか」などといった暴言をはいてきた。植松容疑者、それに同調して「障がい者は死なせろ」と叫ぶネトサポ、そして障がい者を邪魔者扱いする自民党の極右政治家......この三者は完全に同一線上にいる。そのことを指摘することのどこが「政治利用」なのか。


■事件を利用して人権を制限しようとする自民党の政治家たち

 ネット右翼たちは「左翼はなんでも体制批判に結びつける」「相模原の事件を政治利用している」などとほざくが、これは完全に逆だろう。実に、自民党はこの大量殺害事件を受けて、早くも人権否定の思想を法で具体化させる意向を示している。

 28日、元参院副議長の自民党・山東昭子参院議員が、今回の事件に関して"犯罪を犯した人間や示唆をした人間にはGPSを埋め込んで把握するようなことを考えるべき"との趣旨を記者団に伝えた。その上で、山東氏はこのように発言している。

「人権という問題を原点から見つめ直すときが来ている。ストーカーもそうだが、人権という美名の下に犯罪が横行している」(毎日新聞7月29日付より)

 何度でも言うが、上のネトサポによる"障がい者抹殺思想"も、山東氏の"人権白紙化発言"も、まさに今の自民党の本質を表したものだ。

 しかもこれは、ひとりのラディカルなネット右翼による戯言や、いち自民党議員の暴言では決して片付けることはできないだろう。実際、前述したネトサポの野田聖子氏に対する投稿には7000を超える「いいね!」がついている。また、テレビメディアなどのマスコミは、この障がい者大量殺害事件の容疑者の供述にネットでこれだけ賛同の声があがっている現実を無視して、「植松容疑者の心の闇」などとごまかし続けている。そして当然のように、この機に乗じた山東氏のトンデモ発言についても、まったく追及するそぶりを見せていない。

 一部の冷笑主義者は「言うほど日本は右傾化していない」「左翼の妄想」などと呑気なことをのたまっているが、いい加減に気がつくべきだろう。私たちはいま、こうした"弱者抹殺発言"や"人権白紙化発言"が許容され、しかも多くの共感まで得られている社会を生きているのだ。もはや「右傾化」どころではない。その異常性に真剣に向き合わなければ、この国は本当に後戻りできないところまでいってしまうだろう。
(梶田陽介)