自衛官はなんために死ぬのか(写真:アフロ)

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 あなたは国のために死ねるか。話題の新書の著者について、コラムニストのオバタカズユキ氏が語る。

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 都知事選や大量殺人などの騒ぎにおされて、誰も気に留めていなかったが、7月の最終週には北朝鮮の拉致問題関連ニュースが2本流れた。

 1本は、拉致事件に関与した疑いで国際手配されている元工作員、シン・グァンスが、朝鮮中央テレビに映っていた件だ。日本の警察は2006年から身柄引き渡しを求めているのだが、北朝鮮は未だに彼を英雄扱いしている。

 もう1本は、日本の岸田外務大臣が東南アジア諸国連合のラオス会議で、北朝鮮に対し「すべての拉致被害者の帰国を含む一日も早い拉致問題の解決を求める」と述べた件。それがどの程度の実効的意味を持つのかは分からないが、拉致被害者家族が高齢でいつ亡くなってもおかしくないことを考えると、ずっと外交的努力を続けるだけでいいのかよ、という思いにもなる。

 日本は平和国家。ゆえに、幾ら効き目がなさそうでも、飽くまで外交的努力でこの難題を解決していく。というコンセンサスが揺るがないなら、自分が拉致被害者家族であれば我慢できないと思う。なぜ実力行使で取り返してくれないのか、自分たちは見捨てられているんじゃないか、と。

 しかし、戦後の日本はずっと打つ手なしで、乱暴者の北朝鮮にやられっぱなしかというと、そんなこともないのだ。武力を用いて、拉致船と戦った過去がある。

 1999年の能登半島沖不審船事件がそれだ。拉致した日本人を乗せて航行中と思われる不審船を、海上自衛隊のイージス艦「みょうこう」が猛追、不審船のわずか200〜50メートル前や後や横に何発もの炸裂砲弾を発射した。

 その破壊力に参ったか、不審船は真っ暗な日本海のど真ん中に停船。「みょうこう」の若い自衛隊員たちが、まさに死を覚悟し、不審船内に立入検査のため乗りこもうとした。その刹那、不審船は再び逃走。結果的には取り逃がしたのだが、そんな大事件があったことをほとんどの日本人は知らない。

 かく言う私も昨年の2月に、その事件について触れた毎日新聞の記事を読むまで、まったく知らなかった。この国が国民を守るためそんな無茶をしていたなんて、驚いた。

 7月20日に刊行された一冊の新書。『国のために死ねるか』の著者は、海上自衛隊の「特殊部隊」である特別警備隊の創設に携わった伊藤祐靖だ。上記の毎日新聞記事で紹介されていた元自衛官で、いまは警備会社のアドバイザーなどを務めている。そして伊藤は、東京で私塾を開き、現役自衛官らに、自分が身につけた知識、技術、経験を伝えている。

 毎日新聞で伊藤祐靖の存在を知り、私は妙に惹かれた。伊藤は自分と同じ1964年生まれ。いい学校、いい会社に入ることが至上価値という標準的な生き方が苦手で、高校時代までずいぶんヤンチャをしていたらしい。私の10代もちょっとそうだった。彼は茨城でドタバタ、私は千葉でモンモン。かつて「チバラキ」という蔑称があったが、育ったエリアもそう違わない。

 どこか似た者同士かもという勘が働き、会ってみたら案の定、ウマが合い、共に一冊の本を作る間柄になったのである。

 伊藤祐靖は能登半島沖不審船事件の際、「みょうこう」に航海長として乗船しており、そこで何があったかを詳細に知っている。そして、ほんのついさっきまでバカ話をしていた若い下士官たちが、立入検査の命令を受け、わずか5分ほどで死を覚悟した様を見ている。伊藤は、「これは間違った命令だ」と考えていたそうだ。死を覚悟した若者たちの表情を美しいと感じつつ、「彼らは向いていない」とも思ったとのことだ。

 追い詰められたら自爆確実の不審船に乗りこんで拉致被害者を救出するような任務は、「まあ、死ぬのはしょうがないとして、いかに任務を達成するか考えよう」といった人生観の持ち主に任せるべき、と伊藤は言う。彼自身そういう人間だし、自衛隊の中にも一定数そういう連中がいる。その種の者を選抜し、特別に訓練をさせて実施すべきだ、と。

 そして、そのわずか2年後の2001年に、自衛隊初の「特殊部隊」である特別警備隊が誕生した。現場リーダーのような立場だった伊藤は、2007年まで特殊部隊に所属、異動の内示が出てそれを拒否、特殊戦の能力を磨くため単身ミンダナオ島に飛んだのだが、この調子だとコラムが終わらない。波乱万丈な彼の半生記は、『国のために死ねるか』で堪能していただきたい。

 ただ、日本に特殊部隊がてきて以降、新たな拉致事件はおきていない。おそらく抑止力が効いたのだ。

 それはそれとして、ここでは本の中に書かれていない、彼の私塾について少し触れておく。

 本の完成度を上げたかったから、伊藤祐靖とは議論を重ねるだけでなく、彼の「現場」にも行かせてもらった。私塾に数回、見学者として参加。彼らは、銃の使い方から近距離での戦闘法まで、かなり高度と思われる座学を数時間、その後、実技訓練を繰り返し行っていた。

 私塾の訓練は海や山でも行われるが、基本的には東京のビルの地下を拠点にしている。少し秘密基地っぽい地下室に入ると、そこはフィットネスクラブみたいに明るい。だが、すぐさま普通でないと分る。壁にたくさんのモデルガン、奥の方には射撃の的がある。リアルな人の顔の的も設置されている。

 でも、そこの空気は柔らかい。伊藤祐靖がそういう人だからなのだが、参加している他者に対して、みんなすごくフラットに接する。見た目は、ヤンチャな感じの若者が主流なのだけど、体育会ではなく同好会くらいの礼儀正しさで、すごく自然体だ。

 訓練のあとの飲み会にも混ぜてもらった。講義や実技のときは、自然体とはいえ、みんな相当集中していたらしい。飲み会になると、一気に場がゆるむ。それぞれの個性がぐんぐん出てきて、互いに世間一般からズレている人格をいじり合う。

 性格的にはいい兄ちゃんばかり(姉ちゃんがいる日もあった)。「どうして自衛隊に入ったの?」という私の質問に、「決まってますよ。(自分の頭を指して)ぱぁ〜ですから」(一同爆笑)みたいな返答をくれる。「いや、オバタさんは上流階級の出かも知れませんが、うちは貧乏でしたから自衛隊なのであります」と、どこまで本気か分からない説明をする人もいる。

 国家のためとか、国民を守るためとか、そういう立派なことを言う人はいない。ただ、なにかの役に立ちたい、というようなことは、酒が進むと真顔で口にする。根がすごく真面目なのだ。

 ところが、自衛隊の中では、それが実感できない。戦わないことを前提とした自衛隊でやる軍事訓練の大半はしょせんゴッコだ。もし、いざその時となったら、自分がそこで役立てる気がしない。だから、ここで訓練を受けている──みんなそう言っていた。

 同じ国の同じ現在に、こんな生き方をしている人たちが実在していることはもっと知られていい。彼らは、一本筋の通ったリアルを求めており、そのリアルがたまたま軍事というジャンルであったにすぎない。

 安保法制云々で、自衛官が戦場に向かう機会は増えていく。実は、伊藤私塾で知り合ったうちの誰かが、遠くない将来、戦死する確率も低くない。

 何のために彼らは死ぬのか。彼らは例えば北朝鮮の拉致被害者を救出するため、命を賭すわけじゃない。国や国民が要望しているからではなく、政治家の都合で世界のどこかの戦争、紛争地域に行かされ、その意義もよくわからぬまま死に近づく。

 彼らが戦死したら、大騒ぎになるだろう。が、自らの意志で自衛隊に入ったのだから仕方ないのでは、と冷めて見る日本人も少なくないのではと思う。我々の日常と軍事の世界はあまりに隔絶しているから。

 国防について、イデオロギーをいったん横におき、まずは前線に立たされる自衛隊員たちの実情を理解していく責務が、我々一般人にだってある。他人事ではない、同時代に生きる真面目な若者たちの切実な話なのだ。