『100均フリーダム』(内海慶一/ビー・エヌ・エヌ新社)

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「見えざる手」という言葉をご存じでしょうか。これは、経済学者アダム・スミスが著書『国富論』において示した考え方です。資本主義社会における個々人の利己的行為の集積は、やがて社会全体の利益の達成に繋がっていく…という思想で、市場のそうした調整機能はまるで、神のような超常的存在が世界を俯瞰し、その「見えざる手」で導いているかのようである、とたとえたフレーズです。

 ショッピングモールに出掛けた時など、世の中にはこんなに多くの商品やサービスがあふれているのかと、驚くことはありませんか? 「見えざる手」という視点から考えると、値段の設定されているモノひとつひとつは、それが最終的に消費されるまでに、多くの社会的意義を抱えていることになります。その品物が企画され、生み出されていることによって経済が回り、世界は少しずつ良くなっている――そう考えると何だか、身の回りのあらゆる事物が尊く思えてくるものです。

 しかし世の中には、思わず「…何コレ?」と零してしまうような、珍妙なブツが出回っているもの。『100均フリーダム』(内海慶一/ビー・エヌ・エヌ新社)は、100円ショップで売られている、世にも不思議な品々を解説した、マニアックな1冊です。今や街の便利な雑貨屋さんになりつつある100均ですが、その商品のなかには、税抜き100円という枷を嵌められたせいか、常人にはとても理解できない独特の世界観を持ち合わせたシロモノが潜んでいるようで――掲載されている60超の個性派グッズのなかには、もしもアダム・スミスが見たら、「いや、流石にこれで社会は良くならないっしょ…」と、前言撤回を検討しそうなレベルのものも混じっています。

 例えば、致命的な欠陥のある商品。当たり前のことではありますが、100均に商品を卸すためには、その製造単価は100円を下回らなければなりません。徹底したコストカットの結果、その商品が本来ウリとしなければいけない部分までもが犠牲になるという、本末転倒の起こった商品が、100均には潜んでいるようなのです。外見という要素に目を瞑ったせいで、アイラインがガタガタに歪んだまま出荷された人形。精密さを犠牲にした結果、2つ持ち寄っても形が微妙に噛み合わない、ペアのキーホルダー。アイデンティティの崩壊を招いているこれらの商品は、もはやその存在自体が、哲学的な問いとなっているといえるでしょう。考え様によっては、税抜き 100円という価格は安いのかもしれません。

 一方で、もはや不明点しかない商品もあります。例えば、「白い生き物」。ガラス製の置物であることは確かなのですが、一体何を模したものなのかがまったくわかりません。丸みを帯びた逆三角形。うち一つの角がヌッと上へ引っ張られたようなフォルムをしていて、先端には黒い点が二つ…となると、これは目なのでしょうか。その下には同じ方向へ伸びる、小さい突起物が2本。何かを要求する腕のようにも見えますが、しかしその2本以外にも、足らしき形状のものがあと4本は付いているのです。雑誌などに載っている心理テストで、一見すると何が描かれているのかわからないような図を示しながら「これは何に見えますか?」という問いを投げかけるものがありますけれど、ひょっとしたら、そういうイラストを三次元化した商品なのかもしれません。

 写真を中心とした本ではありますが、読み進める際の力加減が難しい1冊でもあります。掲載されている珍妙な品といちいち真剣に向き合っていると、読み始めて数ページで「もうやめてくれ!!」と叫びたくなることでしょう。これまで自分が見てきた世界は、如何に常識やルールに守られていたかを痛感し、そして今、己が掌のうちに広がる宇宙は、そんな感覚では理解しきれないような、途方もない禍々しさにあふれている。そう気付いた瞬間、本そのものを放り投げたくなるかもしれません。

 経験者として、もしも読み方のアドバイスをするとしたら、おおらかな気持ちでページを開くこと、そして必ず「最初から順に」ということでしょうか。お笑いでいうところの“天丼”的おもしろさが計算された構成になっていますので、ぜひ冒頭から最後まで読んでみてください。

文=神田はるよ