知的センスなしは非モテだった…(※イメージ)

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 モデルの知花(ちばな)くららさんが、「朝日歌壇」の選者である永田和宏先生に短歌を詠む秘訣を聞く本誌連載『知花くららの「教えて!永田先生」』。今回は歌を贈りあう意義を聞いた。

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知花:先生、今月は贈答歌について教えてください。

永田:そうか、いよいよ誰か贈りたい人ができたんだ(笑)。贈答歌というのは自分の気持ちを歌にして相手に贈る。それに対する返歌を相手からも贈り返してもらうという、私的なやりとりの歌ですね。古典和歌の時代、貴族たちは自分の思いを相手に伝えるとき、文章じゃなくて必ず歌で伝えました。特に恋の思いは。

知花:へ〜、必ず歌で……。

永田:あの長い『源氏物語』も、源氏の気持ちを説明した文章はまったくないの。

知花:気持ちは全部、歌で伝えるものだから?

永田:そう。たとえば「夕顔の巻」でも、お互いの顔をハッキリ見ないまま、源氏は夕顔から香を焚き込めた扇子に書かれた歌をもらう。「心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花」。当て推量ですが、あなたは夕顔の花のような源氏の君ではないでしょうか、と。それに興味を引かれた源氏が「寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔」。近寄って見もしないで私だとわかるはずもない。つまり、確認しに出ておいでよと返すんですね。そんなやりとりで親しくなるわけ。

知花:さすが源氏ですね。

永田:贈答歌のセンスを見て、お互いを品定めする感じでしょうね。

知花:知的センスがないとモテない時代ですね。

永田:そう、歌を贈られたら返さないと名折れだったから。僕なんか王朝の時代に生まれてたら、すごくモテてたと思うんだけど。

知花:源氏ばりでしょうね(笑)。でも、今は扇子に書いて贈れないでしょう?

永田:そんなことしたら引かれてしまうよね。

知花:本当に。現代に贈答歌ってあるんですか?

永田:明治の頃までは歌を贈るのは結構日常的なことだったけど、今は文化として廃れてしまった。贈答歌は相手が受け取ってくれて、それを気障(きざ)なことだと思わないという文化的な土壌がないと成立しないからね。

知花:歌詠み同士じゃないと難しいですね。

永田:僕が若いときは恋人が歌を作っていたので、歌が雑誌に載るのを見て、こんな気持ちなんかと思うことはありました。あれも一種の贈答歌だろうな。

知花:僕とのことだって? 何だかいやらしい(笑)。

永田:いやらしくはないだろう(笑)。でも歌って普段照れて言えないようなことが言えるわけで。僕が結婚した頃は“婚”を祝う祝婚歌というのがあったけど、そういうお祝いの歌を贈るのもいいんじゃない?

知花:ああ、それならハードルが低くなる気がします。

週刊朝日  2016年8月5日号より抜粋