意外と知らない“都知事の仕事”

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東京都知事選挙の投票日が迫る。そもそも東京都知事とはどのような役割を果たし、どんな仕事をしているのだろうか。36年間都庁に勤務し、石原慎太郎都知事時代に副知事を務めた青山やすし氏(明治大学大学院教授)に解説してもらった。

■都知事は強大な権力を持たない

「都知事は会社の社長のようなもの」と思う人がいるかもしれませんが、全く違います。社長の場合は株主総会が1年に1回、後は取締役会があるだけです。都知事の場合は少なくとも年に4回都議会があります。2月から3月にかけては1カ月以上にわたる予算都議会があります。

現在のように、直接選挙により都知事が選ばれるようになったのは戦後からです。戦前は任命制でしたが、憲法で二元代表制が定められ、都知事と都議会は選挙で選ぶということになりました。首相は議院内閣制により議会で選ばれますが、この仕組みとも異なります。条例や予算は都議会を通らないと定められません。

人事権についても誤解されています。副知事でさえ都議会の承認がないと選べません。重要な人事はすべて都議会を経る必要があります。副知事、そして職員一人ひとりを知事が任命するのですが、都議会で否決になったこともあります。私が副知事を務めたときは数時間で承認されましたが、数カ月、場合によっては1年経ってようやく承認されて任命に至ったことも過去にあります。都議会と都庁側との間には緊張関係があるのです。職員も地方公務員法に基づく公平な試験により採用されており、都知事自身が選ぶのではありません。このように、恣意的な人事や権限の行使がなされない仕組みが70年間運用されています。これは東京都庁に限った話ではなく、日本の自治体すべてで共通しています。

都政の仕組みは憲法、地方自治法、地方公務員法で定められており、これは効率主義を追求する会社の社長とはまったく違うものです。都知事は執行機関で、都議会は立法機関です。「都知事の強大な権力」などと表現されることがありますが、これは完全な間違い。東京都の財政規模はスウェーデンの国家予算に匹敵しますが、都知事になったからといって、この予算を自由に使える強大な権限を手に入れられると思ったら失敗します。猪瀬氏(猪瀬直樹氏、2012年〜2013年都知事在任)、舛添氏(舛添要一氏、2014年〜2016年都知事在任)はこの辺りの基本的な仕組みについて理解が十分ではなく、混乱の原因になったのかもしれません。

■国とは異なる、都の利益を代表する都知事

東京都と国の関係は、ある程度の緊張関係にあります。“1票の格差”があるため、国政選挙における都民の1票の価値は、地方の人の2分の1から3分の1です。国政は多くが地方の代表者で成り立っているため、必然的に、国は地方の利益を代表することになります。一方、都知事は都民の利益を代表することになり、これは国の利益とはかなり違ってくるはずです。外交など国の専権事項は別ですが、福祉や街づくりについては国が決めたことは地方の水準や基準であって、都民とはギャップがあるのが普通です。これが都知事と政府との緊張関係につながるわけです。

保育を例にとると、石原都政時代に認証保育所という制度を作りました。国が定める認可保育所では一定の広さの園庭が求められますが、東京の場合はこの条件を満たす保育所はなかなか作れません。そこで、都独自の制度としてマンションでも補助金を出す認定保育所を設けました。生活面では、東京都は国の基準とはかなり違うということです。

さて、都は職員数の削減や行政改革など、血を流して借金財政が出ないようにしてきました。しかし、財政赤字を抱える国は「東京都は不交付団体だから」と、税制改革により都が徴収する法人事業税など約1兆3000億円を国税として徴収しました。本来、法人事業税は地方税であり、国にはちゃんと国税である法人税があるのですが、猪瀬氏、舛添氏と都政が混乱しているときに隙を狙われたんですね。

このように、なぜ都知事がいるのかというと、国政の基準と違うことについて都独自の考え方を主張してもらうためです。都民の利益を代弁する政策を出している都知事でないと長続きしませんし、都民の不利益にも通じます。

■都政も都知事も転換期

都知事選挙の投票日が迫りますが、都知事は巨大な組織の責任者、代表者なのでその役割をきちんと認識していることが必要です。特に今回は2人続けてマネースキャンダルで辞職しているという流れがあり、当然ながらお金にクリーンな人が求められるでしょう。

しかし、いまの東京が抱えている問題はとても深刻です。少子高齢化、人口減少、経済の低成長――その中で見逃せないのが、生活の質、心の豊かさといった価値観は高まっているという点です。具体的には、文化芸術スポーツ、水や緑などの景観、もちろん子育てや介護などの対策も必要です。同時に、世界的にはロンドン、ニューヨークといった都市と競争しており、国際競争力を高めるための街づくりもしなければならない。都心部をみると、公共機関、治安、街の清潔さ、スラムがないなど、東京はロンドンやニューヨークの都市部よりもずっといい状態を東京は実現しています。ですが、絶えず競争にさらされており、継続した投資が必要です。経済の低成長については、大企業に雇用増加は期待できません。起業など新しくビジネスをたちあげることに対する政策も必要でしょう。

都政は転換期を迎えています。もう物的施設を増やせば良いという時代ではありません。また、単に保育を充実します、待機児童を解消します、では政策になりません。そのためにどうするのかが都知事に求められている時代です。行政改革に加えて、東京なりに政策のスキームを変えていくことが必要です。これは、過去の都知事に求められてきたものとは全く異なるといってよいでしょう。

有権者として大事なのは「そんな候補者はいない」は言わないこと。都知事として育てればよいのです。

■進歩する都知事かを見極める

選挙公約を見ると荒唐無稽と感じるものがあるかもしれません。ですので、候補者が選挙期間中にどう変わったのか、注意深くみることをお勧めします。実現不可能なことを言っていても、「それは不可能だ」という声が候補者本人に届くはずです。それを受けて修正したり、全く触れなくなったり……、人により異なります。最後まで同じことを言い続ける人は勉強していないし、「それは無理」という声が届いていないことになります。

特に今回の都知事選挙は急だったので、要望のようなことしか言っていない候補者もいるかもしれない。選挙期間中に寄せられた意見を取り入れようとするならば、それは進歩といえます。情報を取り入れる能力、度量があるかも重要な資質なので、選挙が始まった時点では要望、希望、目標のようなことしか言っていなくても、だんだん正確になり、精度が高まっているかどうか――ここが一つの物差しになります。大切なのは、都知事になった後に都民の声を聞いて取り組む人かどうか、政策を進化させていく気持ちがあるかどうかです。

ちなみに、3期以上長く続いた知事は、選挙戦中から具体的な政策を語っています。美濃部氏(美濃部亮吉氏、1967年〜1979年、3期在任)は福祉、鈴木氏はバラマキ福祉批判と財政再建、石原氏はディーゼル規制についてでした。

ですので、有権者は都知事の素養を見抜くことが必要です。1100万人の有権者がいる選挙なので、立候補者と直接対話することは難しい。メディアを通じて候補者の表情を見て理解することになります。

そう考えると、選挙期間が17日間というのは少ない。有権者数が60万人、70万人の県と1100万人の都とで、選挙期間が同じというのはおかしい。アメリカの大統領選は1年にわたって展開されます。1年は難しくても、2カ月ぐらいあれば、やる気がない候補者は自然淘汰されていきます。また、現在、立候補に必要な供託金は300万円ですが、これは少なすぎます。このぐらいの金額なら、本人にお金がなくてもスポンサーがつくなどして立候補できてしまうので、お金での制限はできません。ですが、選挙期間が2カ月ぐらいあれば、政治資金を調べることもできます。

■若者こそ長期的な政策に注目を

私が経験者として若い人たちに伝えたいのは、「過去にできないと思ったことは、みんな実現している」ということです。例えば山手トンネル。石原氏は当選後、第1回目の予算査定で、「おれが生きている間にできないプロジェクトに予算をつけない」と言いました。私たちは「石原さんが生きている間にできますよ」と保証しました。山手トンネルに予算がつき、その後13年半の間、石原氏は1票にもならない山手トンネルに予算をつけ続けました。その山手トンネルが完成したのは2015年、石原氏が辞めた後です。山手トンネルにより羽田空港と新宿はバスで30分になり、東京の都市構造が変わりました。

鈴木都政時代の大江戸線も、石原都政時代の羽田空港4本目の滑走路もその後、実現しました。完成式典は別の知事がやることになりますが、10〜15年かかるプロジェクトがみんな実現しているんです。

今回の都知事選でも、候補者が長期的な政策をきちんと語っているかどうかは重要なポイントです。若い人にとって、自分たちが社会の責任者として活躍する20、30年後に実現するプロジェクトはとても大切ですから。

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青山やすし(あおやま・やすし)(「やすし」は、「にんべん」に「八」「月」を重ねたもの)
明治大学公共政策大学院教授、博士(政治学)。1943年東京生まれ。中央大学法学部卒業。67年都庁に入り、37年間勤務。都市計画局課長、高齢福祉部長、企画審議室計画部長、政策報道室理事などを歴任。石原慎太郎知事のもとで99年5月から2003年5月まで東京都副知事(危機管理、防災、都市構造、財政などを担当)。郷仙太郎のペンネームを持ち、在職中から作家活動。04年4月から明治大学公共政策大学院教授に就任。著書に『石原都政副知事ノート』(平凡社新書)、『東京都市論』(かんき出版)、『小説後藤新平』(学陽書房)など多数。

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(明治大学大学院教授 青山やすし 構成=末岡洋子 撮影=向井渉)