『脳は何気に不公平 パテカトルの万脳薬』(池谷裕二/朝日新聞出版)

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 人間の脳についての研究は、未だ発展途上と言ってよいだろう。日々新しい事がわかっているにもかかわらず、まだまだ脳に関しては未知の部分が多い。まるで何が入っているのかわからないブラックボックスのようだ。このブラックボックスを脳科学を使って覗いてみるのが『脳は何気に不公平 パテカトルの万脳薬』(池谷裕二/朝日新聞出版)である。まずは本書から、興味深い実験の結果を紹介しよう。

 実験の対象は、上流階級の人々と、下流階級の人々だ。これは、それぞれの階級の人々のうち、どれだけの割合の人が道徳性を守るか……というものである。例えば、横断歩道で手を上げて渡ろうとしている歩行者が居たとする。その歩行者を待たずに通過してしまう車の割合は、下流階級では35%だったのに対し、高級車(つまり上流階級)の場合は、なんと47%が歩行者を無視するという結果になったのだ。さらに(ボランティアを雇って行った疑似的な)面接の場では、下流階級の人々が素直に事実を話しているのに対し、上流階級の人は事実を隠し、嘘を告げる傾向が強い事がわかっている。これらの事から推定できる結論は“上流階級はモラルが低い”という事だ。ちなみに、この実験結果には実はおまけが付いている。下流階級の人々に「自分は上流階級である」と思って行動してもらうと、これが不思議な事に一気に貪欲さが増し、非道徳的な態度を取るようになるのだ。先の実験では道徳的な態度を取っていた人までもが、である。ここに「金銭欲は悪い事ではない」という事もあわせて 告げると、最早本当の上流階級の人々よりも、下流階級の人々の方が尊大に振る舞う姿が見られるようになる。どうやらこの実験でわかった事は“上流階級はモラルが低い”という事だけでなく、人の性格はその立場によって作られる、または変わり得るという事の2つだったようだ。

 また、このような実験結果もある。それは“人の性格は顔に反映される”という事だ。近年の研究で、ある程度は外見に内面が反映される事が科学的に証明されつつある。そもそも、我々は日常的に顔による人格の判断をある程度は行っているのだ。第一印象という言葉の通り、人はまず見た目からその人の印象を決める。その時、見た目のうちどこに最も注目するかと言えば、やはり顔なのだ。顔の輪郭や眉と口唇の距離を計測すれば、その人の知能や社交性、あるいは攻撃性などの性格が特徴として表れているというデータもあり、我々はそれを本能的に感じ取っているのかもしれない。実際、カードゲームで裏切りを働きそうな人を顔写真から選んでもらうと、確かにその通りの人を有意に選択できるという実験結果もある。人は見た目じゃないというが、見た目もその人の一部である事には変わりないという事だろう。

 例えば「今日こんな事があったよ」「これ知ってる?」といったように、自分の体験や得た知識を誰かに話した事は、恐らくほとんどの人が経験している行動だと思う。しかし、人はなぜこのように自分の体験や知識を話したがるのだろうか。これには、脳の活動が影響している。例として、あるテレビ番組を見た場合を挙げよう。その番組がよい物だと思った場合、内容に感動した場合、内容を人に伝えたくなった場合では、それぞれ反応している脳の部位が違うのだ。よい番組だと思った場合は側頭葉と頭頂葉の境界が、感動した場合は前頭葉が主に活性化する。これに対し、内容を人に伝えたくなった場合は、先述した3つの部位にプラスして快感回路という部分が活性化しているのだ。快感回路とは、その名の通り、快感を生み出す回路の事である。この快感回路が活性化した場合、人間は「これを自分だけのものにしておくのは勿体ない」と思い、誰かと共有したくなる。言い換えれば、これは自己満足だ。なぜならその行動は「役に立つ(or面白い)から教えてあげよう」という気持ちからではなく「勿体ない」という自分の気持ちを処理する事が目的になっているからである。もしも、相手がその情報を欲しがっていなかった場合は、自己満足を通り越してお節介にもなりかねない。そうならない為には、これから先「これを誰かに教えたい!」と思うような事柄に出会った時に「この情報は相手の役に立つか、相手はこれを聞いて喜ぶのか?」と考えてみる事ができれば、自己満足とはやや違う形になるかもしれない。

文=柚兎