『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(安田浩一/朝日新聞出版)

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 作家の百田尚樹氏は2015年、沖縄の2つの新聞社(琉球新報と沖縄タイムス)に対して、「つぶさないといけない」と発言している。(参考:http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=121492)

 そんな「つぶさないといけない」と言われた沖縄の新聞記者たちを、ジャーナリストの安田浩一さんが訪ね歩いた『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(安田浩一/朝日新聞出版)の、インタビュー後編をお送りします。

 この本の取材対象をおもに新聞記者に絞ったのは、安田さんが沖縄のメディアのあり方にもともと興味があったから。そしてもうひとつは、沖縄紙バッシングにはいわゆる「ネトウヨ」だけではなく、実は全国紙の記者も加担していると感じていたから。ヘイトスピーチとは程遠い洗練された言葉で、沖縄のメディアを侮蔑してきたエリート記者は多いと安田さんは語った。

「僕は全国紙の新聞記者から『沖縄の新聞って特殊だよね』という言葉を、何度も聞いています。『なぜ?」と問うと『米軍基地のことしかやらないから』と。『沖縄の新聞は基地のことばかり取り上げている』という意識の裏には、沖縄への蔑視があるのではないでしょうか。しかし沖縄の新聞記者に質問すると、ほとんどの人が『基地のことばかりに追われる記者生活を送りたくない』と言います。それでも結果的に基地問題が紙面の多くを占めるのは、どんなテーマの取材をしても基地にぶちあたるから。たとえば沖縄でも子供の貧困が問題になっていますが、基地があるから新しい産業がおこらず、1972年までアメリカに統治されていたから、日本の高度成長からも見放されてきた現実があります。沖縄で生きていたら、戦争と基地の話は避けて通れない。そのことを全国紙の記者は、どこまで理解しているのでしょうか。

 だからこの本は『沖縄県民は甘えている』という侮蔑的な考えを持つ人はもちろんですが、沖縄や基地問題を他人事として受け止めている人に、ぜひ読んでもらいたいと思っています。だって海兵隊の基地って、もともとは山梨や岐阜など本土にあったのに、住民の反対運動で沖縄に移転したんですよ。そういう歴史を無視して、沖縄の人が反対運動を起こすのは『わがままだ』なんて、矛盾してると思いませんか? 『米軍基地は日本の国防の問題で抑止力として必要だ』というなら各自治体が応分の負担をすればいいし、『中国に近いから』というけれど、近代戦において距離は理由になりません。それ以上に国家間の衝突は、外交決着で回避すればいい。でも間違えてはいけないのは、沖縄県民はアメリカ人が嫌いなのではなく、米軍基地の存在に反対しているということです」

 では安田さん自身は取材を通して、やはり沖縄の新聞は「偏向」していると思ったのか。それとも、偏向などありえないと気づいたのだろうか?

「僕は偏向などしていないと思っています。今はどんなものでも政府の意に沿ったものが正しくて、それに逆らうと売国奴や国賊と言われる世の中じゃないですか。でも真剣に地域や国のあり方を思った際に、たとえ逆らう意見でも述べない方がおかしいと思います。

 地域に寄り添い、地域の視点から地元や国を論じる。これは偏向などではなく、正しい地方紙の在り方ではないでしょうか。だから沖縄県民に寄り添い、米軍基地への疑問を訴え続けてきた沖縄の2紙の姿勢は、正しいものだと思っています。しかし沖縄の記者を神聖視する必要もなければ、人々に寄り添って報道を続ける、優れた記者は日本各地にたくさんいます。沖縄の記者たちも、その優れた記者の一部に過ぎない。そして思いを発言し続けることは偏向でもなんでもない。それを偏向という言葉を使い、黙らせようとすること自体のおかしさに、気づいてほしいと思います」

取材・文=碓氷連太郎