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遊歩道を走っていたら後ろの方から「わぁ〜」という悲鳴。少し前にすれ違った自転車に乗った人が、トレイルを外れて数メートル下の小川に落っこちたのだ。手にはポケモンGOを開いたままのスマホを握っていた。

歩きスマホなんかかわいいもので、ポケモンGOがリリースされてからウチの近所の遊歩道では自転車スマホが急増した。最初はなんで自転車に乗ってまでやっているのか分からなかったが、自分でもポケモンGOをやってみて理解できた。たまごを孵してポケモンをゲットできるのだ。たまごには2キロ、5キロ、10キロの3種類があり、その距離を移動すると孵化する。それを歩かずに自転車でやっているのだが、ポケモンGOはバックグラウンド動作では移動距離として認めてくれない。ポケモンGOを開きながら移動する必要があり、アプリを開いているなら移動中も野生のポケモンを見つけようとスマホをちらちら見ながら自転車に乗る。でも、歩行者/自転車用のトレイルは幅3メートルぐらいしかないし、小さい子供もよく歩いているので本当にアブない。

という風に、最初は目くじらを立てていたものの、自分もやり始めてからは「みんな気をつけて遊ぼうね」みたいな優しい気持ちで接っするようになった。完全にミイラ取りがミイラである。ウチの近所には、ご近所の問題やトラブルを含めて色んな情報を交換し合う掲示板サイトがあり、ポケモンGOがリリースされた直後は「駐車場に入り込まれた」とか、「夜中にうろうろしていて不審者と見分けがつかない」とか、ポケモンGOがバッシングの対象になりそうな険悪な雰囲気だった。それが一週間もしないうちに、掲示板で「公園入り口近くのバス停にピカチュウが出現する」というような情報がやり取りされるようになった。掲示板の主な利用者は家庭を持つ親たちである。今でもポケモンGOプレイヤーのトラブルも話題になっているが、「やめさせろ」という雰囲気ではない。おそらく自分はプレイしていなくても、家族や知り合いにポケモンGOで遊ぶ人が増えて、ポケモンGOの楽しいところを耳にするようになったのだろう。こんなご近所情報の掲示板にまで浸透しているのだから、米国でポケモンGOは完全に社会現象といえる。

○突然動かなくなるトラブル頻発

ポケモンGOで遊んでみた私の感想は「ビミョーな完成度」だ。Ingress同様にマップは殺風景で、今のところIngressのようなチームワークの面白さはなく、機能的にもの足りない。しかも、遊んでいてよく動かなくなる。通信の問題か、場面が変わるところでよく起こるので、ポケストップが集中している場所まで行って、「さぁ、これから」という時にアプリが反応しなくなってガックリなんてことが珍しくない。

じゃあ、ポケモンGOがダメなゲームかというと、ビミョーなのに楽しい。殺風景なマップはスマートフォンの性能とモバイルデータでさくさくと動作する。Ingressは初めて開いた時に予備知識がないと何が何だか分からない状態になっていまうが、ポケモンGOは野生のポケモンを捕獲するというシンプルなゲームから始められるので、誰でもすぐに入っていける。アプリはよく固まるけど、捕獲したポケモンやレベルといった情報は自動的にクラウドに保存されているので、再起動したらいつでもプレイを再開できる。集めたポケモンのデータが消えたりしたら大騒ぎになるだろうが、アプリを再起動させるぐらいなら我慢できる。

ポケモンGOをプレイしてみて、しばらく前にMediumで話題になった「Snapchat and the Art of Upstreaming」という記事を思い出した。Snapchatが新機能「Memories」をリリースした際に、起業家のJonathan Wegener氏がSnapchatのスゴいところは誰でも楽しめるところ、Steve Jobs氏風に言うと「just works」なところであると指摘した。どういうことかというと、多くの写真アプリは高画質な写真を扱えるようにローカルストレージを重んじるが、Snapchatは撮ったら即アップロードである。そのためカメラ・アプリとしては極めてシンプルで、すごくキレイな写真が撮れるわけでもない。もの足りないアプリである。

しかし、写真が趣味な人ならともかく、多くのスマートフォン・ユーザーはカメラロールとクラウドの違いどころか、ストレージ容量の制限もよく把握していない。だから、ローカルストレージが容量不足になってしまって、そのまま撮影するのを止めてしまうスマートフォンユーザーも少なくない。カメラロールとクラウドの併用は便利なようでいて、多くのスマートフォン・ユーザーには複雑すぎる。「2016年になってもストレージ容量のことで悩むなんて馬鹿げている。ユーザーは、ただシンプルに使えるものを求めているのだ」(Wegener氏)

Snapchatは、ストレージ容量や設定をあれこれ考えず、撮っておきたい時にすばやくその瞬間を切り取れる。シンプルに楽しめるアプリだから、普通のスマートフォン・ユーザーに愛用され、そうしたコンセプトが爆発的なユーザー増につながっている。最高画質や最高にキレイに撮れるのが最高のカメラ・アプリであるとは限らない。多くのスマートフォン・ユーザーにとってSnapchatは必要十分であり、トラブルなく機能し、そして写真やビデオを楽しめる。そんなSnapchatを、Wegener氏は「完璧な不完全」と表現している。

近年、モバイル端末の性能の急速な向上によって、一昔前のゲーム専用機のタイトルをモバイル端末で遊べるようになってきた。AR(拡張現実)では、MicrosoftやMagic LeapがARヘッドセットで近未来的なデモを披露している。そうしたトレンドに比べると、ポケモンGOはゲームとしてシンプルだし、今日のモバイルアプリとしては不安定でビミョーなUIである。でも、ARに関心のない人にもARや位置情報の可能性を理解してもらえる楽しさを備える。これはClayton Christensenの「low-end disruption(ローエンドからの破壊)」に通じるものがある。既存市場で成功してきた企業はハイエンドへと向かい、少数の顧客にハイエンドな製品やサービスを提供するようになる。そうした既存市場を破壊するイノベーションは、ローエンドから参入し、急速に顧客を獲得する新興勢によってもたらされる。

ポケモンGOをプレイしていてもARという言葉を知らない人がたくさんいると思う。でも、ARの可能性を開花させるのはARというテクノロジに関心をもっていない普通の人々である。そうした人たちにARの面白さを伝えられるポケモンGOのビミョーさもまた「完璧な不完全」である。

(Yoichi Yamashita)