芸術家とその妻が紡ぐ「純愛」。今考えたい、パートナーに求める愛情とは?

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今年は彫刻家であり詩人の高村光太郎没後60年、そして彼の妻である智恵子生誕130周年記念にあたる年です。
最愛の妻を謳った詩集「智恵子抄」
高村光太郎といえば智恵子、智恵子といえば高村光太郎というほど、この芸術家とその妻は日本人にとって馴染みの深い存在かもしれません。さほど芸術や文学に興味がないひとでも名前くらいは知っているはず。
教科書に「智恵子抄」が載っていたこともこの夫婦の存在が広く認知されている大きな理由で、「あどけない話」や「樹下の二人」などの詩から「智恵子抄」を芸術家から最愛の妻への愛情あふれる詩集というイメージで捉えているひとも少なくないかもしれません。
光太郎が智恵子と結婚する以前(1911年)から智恵子の死後(1941年)の30年間にわたって書かれた詩29篇、短歌6首、3篇の散文をまとめた「智恵子抄」は、芸術家が最愛の妻を謳った詩集であることに変わりはありませんが、そこに描かれているのはただ愛の喜びやほとばしるような情熱だけでなく、愛するがゆえの苦悩や絶望もまた色濃くにじんだものです。
智恵子は統合失調症の末、結核を患い52歳でこの世を去っていますが、彼女の死後も光太郎は亡き妻への詩を詠み続けます。そのため、後半になるごとに、詩にちりばめられた言葉が胸をえぐるように迫り、その言葉が美しければ美しいほど痛恨の哀歌として読む者の心に響きます。一度最後まで読み通してから再読すると、前半の詩もまた無邪気に愛をつづった詩とは読めず、智恵子のその後の運命を暗示するかのような言葉として胸をしめつけるから不思議です。
高村光太郎と智恵子の夫婦愛
一般的に、高村光太郎と智恵子の夫婦愛は"至高の純愛"として紹介されますが、何度も「智恵子抄」を読み解くほどに、そして大人になってさまざまな想像が及ぶようになるとともに、はたして智恵子は本当に幸せだったのか? 夫と同じく芸術家気質をもつ彼女にとって、芸術家の妻であること自体が不幸を引きよせたのではないか? など、いらぬ邪推をしたくもなります。
それでも30余年にもわたり、ひとりの女性をここまで愛し崇めることができる高村光太郎の想いはまさしく「純愛」と呼ぶのにふさわしく、芸術家・高村光太郎にとって、その創作の源となった智恵子こそ彼の魂の救済だったのでしょう。
少なくとも、夫婦といえども、ここまで相手の全存在を受けとめ対峙できる愛情の深さと強さは、やはり多くのひとにとって感動と賞賛を誘うもの。はたして今のパートナーに対してどのような愛情を抱いているのか? と、光太郎の言葉を自分に置き換えてしまうはず。
安曇野で開催中。ふたりの特別展
知れば知るほど、興味のつきない高村光太郎とその妻・智恵子の夫婦愛ですが、そんなふたりの特別展が安曇野の碌山美術館で開催されています。
高村光太郎の彫刻19点と詩18篇に加え、病気に伏した智恵子が没頭した紙絵40点を合わせて展示。芸術作品としての素晴らしさを感じられるとともに、高村光太郎と智恵子夫人をひとりの人間として読み解くことができる企画展となっています。
『手』/高村光太郎(1918頃)

『れんこん』/高村智恵子(1937〜1938年、個人蔵、撮影:眤蔀)
夫婦にとって、カップルにとって、互いの存在とは何か? などと考えながら展示作品に触れてみると、人間味が加わり、より味わい深い感動を持って作品に向き合えることと思います。
自然豊かで澄んだ水にあふれる安曇野は、この時期訪れるのに最高の場所。緑の蔦がからまる煉瓦造りの教会に似せて建てられた碌山美術館もそのロマンティックな佇まいが素敵です。
碌山美術館の外観

碌山美術館の内観

碌山館の『ノッカー(きつつき)とノブ(天使)』
芸術作品に触れながら、夫婦愛や自分が望むパートナーシップについて自分の心に問いかけてみるのにもいい機会かもしれません。パートナーと一緒に行くかひとりで行くか、その選択も含めて、夏の安曇野小旅行を企画してみたいものです。

『高村光太郎 -彫刻と詩-展』
開催期間:2016年7月23日(土)〜8月28日(日)
開催時間:9:00〜17:10(最終入館16:40)
開催場所:長野県安曇野市穂高5095-1(碌山美術館)

[碌山美術館 高村光太郎-彫刻と詩-展]

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