『江戸の科学 大図鑑』(太田浩司、勝盛典子、酒井シヅ、鈴木一義:監修/河出書房新社)

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 2016年の8月に、深川江戸資料館で「江戸からくり人形展」が企画されている。江戸時代の暦算家でからくり技術者の細川半蔵頼直が著した機械技術書『機巧図彙(からくりずい)』を基にからくり人形を復元し、公開する予定だ。からくり人形の持つ精密な技術力は、現在でも国内外で驚嘆されることが多い。つまりそれだけの物を作り上げる「科学」が江戸時代にはあったのである。『江戸の科学 大図鑑』(太田浩司、勝盛典子、酒井シヅ、鈴木一義:監修/河出書房新社)は、江戸時代の優れた「科学」を多くの図版と共に紹介している。

 江戸時代といえば幕末の黒船来航で開国を強いられた経緯もあり、文化レベルが欧米各国よりも劣っていたというイメージを持つ人もいるかもしれない。しかし本書に目を通せば、決してそんなことはなかったということが理解できる。江戸時代には天文学に地理学、医学や「からくり」に至るまで、実に多くの分野で業績が残されているのだ。

 本書で特に感じるのは、科学者の中には多才な人物が多かったということである。レオナルド・ダ・ヴィンチは「万能人」とも呼ばれたが、江戸時代にもそういう人たちは存在した。例えば平賀源内。彼は医薬に関する「本草学」を学び、『物類品隲(ぶつるいひんしつ)』という博物学書を遺した。また西洋画法に傾倒し、自ら「西洋婦人図」を描きあげている。そして源内の事跡で最も有名だと思われるのが「エレキテル」だ。これは摩擦によって電気を発生させる機械で、故障していた物を手に入れた源内はそれを修理することに成功。さらに模造も行なっている。本書ではこれらの業績をそれぞれ図版付きで解説しているので、彼がいかに優れた科学者であったかが直感的に理解可能だ。

 他にも絵師として有名な司馬江漢が、実は天文学など西洋科学にも造詣が深かったことが、彼の遺した「天球図」や「地球全図」などから窺い知れる。さらに岩橋善兵衛は元々眼鏡のレンズを作っていたが、後に日本で初めて屈折式の望遠鏡を製作。さらに自身の望遠鏡で観測した月や太陽のスケッチなどを掲載した『平天儀図解(へいてんぎずかい)』を著すなど、天文学にもその才能を発揮している。

 そして学問の面だけでなく、「ものづくり」の面も注目すべきポイントだ。それが端的に表れているのが、先に述べた「からくり人形」だろう。「茶運び人形」など、多くのからくり人形が遺されているが、その中でも最高傑作と称されているのが「弓曳童子(ゆみひきどうじ)」だ。矢台に置かれた矢をつまんで、弓に矢を番える。そして弓を引き絞って矢を放つまでの一連の動作が、実に優雅に再現されているのだ。この精密なからくり人形を作り上げたのは「からくり儀右衛門」と呼ばれた田中久重である。彼は後に「田中製造所」という工場を興しているが、これが現在の「東芝」の前身。つまり久重は、東芝の創業者ということなのだ。江戸時代の技術力が、今日の「ものづくり日本」の土台となっているといっても過言ではあるまい。

 ではなぜこれほどの科学技術が、江戸時代に花開いたのか。監修のひとりである鈴木一義氏はコラムの中で「平和な社会が維持される中で(中略)それぞれの地域を繁栄させるために、身分の上下を問わず勤勉や勤労を勧めた」と解説。つまり戦いの時代が終わり、命の心配をしなくて済むようになった人々が、戦いに使っていたエネルギーを学問などに振り向けるようになったということだ。後に西洋学問や思想の取り締まりが厳しくなり、「シーボルト事件」や「蛮社の獄」などの弾圧事件も発生している。だが、それでも学ぶことを止めなかった先人たちの情熱こそが、今の日本人が持つ科学力の根底を支えているといえるのではないだろうか。

文=木谷誠