7月26日未明、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」に元職員の26歳の男が侵入し、入所者などが刃物で刺され19人が死亡、26人が重軽傷を負うという戦後最悪となる重大事件が発生しました。このニュースを主要新聞4紙はどのように伝えたのでしょうか?ジャーナリストの内田誠さんが、自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』で詳細に記しています。

相模原・障害者19人刺殺事件。各紙はどう伝えたか

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「重度障害者 標的か」

《読売》…「19人刺殺 障害者標的」

《毎日》…「障害者施設で19人刺殺」

《東京》…「元職員 2月に犯行予告」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「凶行 予兆あった」

《読売》…「兆候数々 凶行防げず」

《毎日》…「見逃された予兆」

《東京》…「無差別殺傷は「想定外」」

ハドル

各紙を見ると、1面トップは基本的な事実、解説面は「予兆」「兆候」が十分あったというニュアンスの記事になっているようです。《東京》だけは1面から「予兆」「前触れ」を問題にしているようです。

また、各紙1面の看板コラムはこぞってこの問題を取り上げています。当然ですが。

◆今日のテーマは…

はたして、障害者19人刺殺事件は防ぐことができたのか…各紙の報じ方を比較する、です。

基本的な報道内容

神奈川県相模原市にある知的障害者らが入る施設で、この施設の元職員26歳が逮捕された。「意思疎通の出来ない人たちをナイフで刺した」ことを認め、「障害者がいなくなればいいと思った」と供述しているという。容疑者は今年2月、犯行を予告する手紙を衆院議長公邸に持参していたことが分かった。警視庁を通じて県警に通報され、施設側と面談の末、退職。相模原市は措置入院を決定し、その後、措置入院の必要がなくなったとの診断があり、退院していた。

神奈川県警は今回の事件で死亡した人に障害があり、遺族が望まないとして、氏名を公表していない。

常軌を逸している

【朝日】は1面トップに2面の解説記事「時時刻刻」、9面国際面、12面社説、38面と39面社会面にも。見出しを並べておく。

重度障害者 標的か

相模原19人刺殺 容疑者

「意思疎通できぬ人刺した」

衆院議長宛 事件におわす

2月に施設退職

凶行 予兆あった

5か月前「障害者生きても無駄」

措置入院 退院後フォローなし

「世界で最も安全な国 日本にショック」

相模原の事件 海外でも速報

犯行生んだ闇の解明を(社説)

無抵抗の人を なぜ

入所者家族 怒りと衝撃

犠牲者の名前 県警公表せず

死者19人 際立つ被害

襲撃 部屋から部屋へ

刃物3本持って出頭

uttiiの眼

なかなか、詳しく論じる気になれない。各紙、1面の看板コラムがこの事件に関して何かしら書いているので、基本的には、それを紹介することできょうの責めを果たす代わりにさせていただきたいと思う。

《朝日》の「天声人語」は、事件の現場となった「津久井やまゆり園」の元職員の著書を手掛かりに、職員にとっては「健常者である自分の内にある差別を恥じ、入所者との触れ合いから学ぶ日々だった」様子を想像している。犯人の「障害者なんていなくなればいい」という言葉は「常軌を逸している」と。

至ってまともな書きぶりだと思う。この施設の中には職員と入所者の心温まる関係があったことも間違いないだろう。けれども、この国の障害者福祉の現場の1つという側面も持つこの施設の「現場の苦労」は大変なものだったはずだ。特に、最近は医療的なケアを必要とする入所者の率が高くなる傾向があり、職員の負担は増えているという。事件の「原因」や「責任」の議論とは別に、そうした問題も、この事件をきっかけに様々表に出てくることになるだろう。

ふざけるな、ふざけるな…

【読売】は1面トップに3面の解説記事「スキャナー」と社説、あとは社会面。見出しを以下に。

19人刺殺 障害者標的

元職員逮捕 2月に「犯行予告」

衆院議長宛手紙 施設名や手口記述

兆候数々 凶行防げず

相模原19人刺殺 殺人示唆し措置入院

植松容疑者 13日間で解除

精神医療 人権と治療で議論

まずは不可解な動機の解明だ(社説)

大量の血「助けて」 弱者犠牲「許せぬ」

福祉施設 衝撃広がる

首など深い傷 次々搬送

1時間45人襲う

議長公邸前で土下座

uttiiの眼

《読売》は関連記事全体にわたって、描写が精細。

1面の看板コラム「編集手帳」は、齋藤淳一氏の五行歌から書き起こしている。歌は、一歩あゆむのに30分かかる人を歌っている。

「健常者には何でもない作業1つにも神経を張りつめ、全身全霊を込めて取り組む姿が人々の胸を打つ」としている。さらに知人の場合、歌人の島田修二の場合と、障害を持って生まれてきた我が子への親の思いを重ねていく。途中に、逮捕された男が「障害者なんていなくなればいいと思った」という供述に対して、編集手帳子自身が「ふざけるな、ふざけるな…と、幾度も同じ言葉を胸につぶやきながら、この稿を書いている」という部分に、感情が表れている。

「編集手帳」に感心することは多くないが、きょうは余計な理屈を述べずに、障害者の人生への共感から、犠牲者と遺族への思いがストレートに書かれていて好感が持てる。

魔物の素顔はしかと見極めたい…か

【毎日】は1面トップに、2面3面に跨がる解説記事「クローズアップ」、その隣にQ&Aの「なるほドリ」(措置入院について)、5面社説、14面に写真特集、15面は「識者の見方」と神奈川県の会見内容、30面31面社会面にも。見出しを掲げる。

障害者施設で19人刺殺

2月に予告手紙

容疑の元職員 衆院議長に

障害者に強い偏見

外部侵入に盲点 障害者福祉 改善の影で

施設の体制まちまち

見逃された予兆 警察・行政・医療 連携に課題

措置入院って?

痛ましさに言葉失う(社説)

首狙う残虐な手口 身守れぬ弱者襲う

職員縛り上げ

家族らに衝撃

「心かきむしられる」 元職員に怒りと落胆

救急隊員ら 言葉失い

容疑者、過去に教員志望

元同僚「施設内で暴力」証言

uttiiの眼

《毎日》はきょうのうちに描ききってしまおうということなのか、障害者福祉やヘイトクライムなど、いくつもの論点を登場させ、取材したり識者の意見を載せたりしている。容疑者の刺青について書いているのは《毎日》のみと思われる。

1面の看板コラム「余録」は、全体に乾いた調子。冒頭こそ、知的障害と肢体不自由などがある人の詩作の話から入っていて、ここは素敵だが、すぐに「ひるがえってきのう…」と事件に入ると、「誰もの心を凍らせた…」、「えたいの知れない悪意」と、手垢のついた表現が空回りをはじめ、テロにも通ずるヘイトクライム、手紙を衆院議長公邸に持ち込む奇行、大麻の使用…と言葉を並べた後、最後に「容疑者にとりついた魔物の素顔はしかと見極めたい」で終わる。

一生懸命書いたのだろうから申し訳ない言い方になるけれど、この日のコラムに相応しい文章ではないと私は思う。

思想性のない大量殺人予備軍

【東京】は1面トップに2面と3面に跨がる解説記事「核心」、24面と25面の「こちら特報部」は過去の大量殺傷事件の振り返り、26面から28面は社会面の記事。見出しを並べる。

元職員 2月に犯行予告

相模原の施設 障害者19人刺殺

衆院議長宛の手紙持参

県警や市把握 措置入院13日

退院後 動向確認せず

無差別殺傷は「想定外」

防犯と地域交流 両立難しく

手紙に障害者への偏見

「無抵抗者、弱者に刃 共通」

戦後最悪19人犠牲

「心に問題 一方で 計画的犯行」

暴発の危険抱える現代人

1時間弱刺し続け 事件後ツイートか

容疑者?笑み浮かべる写真

窓破り侵入 2棟迷わず移動

職員縛られ 凶行止められず

uttiiの眼

《東京》はまた《毎日》とは違った観点を提出している。特徴的なのは「こちら特報部」。識者の意見をかりて、「「イスラム国」のテロが世界に拡散する中、思想性のない大量殺人予備軍が事件を起こしているとも考えられる」(碓井真史教授・新潟青陵大学)と。

1面の看板コラム「筆洗」は、ナチスに遡る。冒頭、障害者の命を奪うために使われた「灰色のバス」が出てくる。犠牲者の数は少なくとも24万人。ナチスはユダヤ人だけを虐殺したのではなかった。

共産主義者、言うことを聞かないキリスト教徒、同性愛者、ロマの人々、そして様々な障害を持った人々など。人間として生きる価値がないと判断された人々は、様々な方法で組織的計画的に殺された。

実は、この事件の容疑者が「障害者はいなくなればいい」と言っていると聞いて真っ先に思い浮かべたのがこれだった。ああ、この男はナチスと同じことを考えている。71年前に否定されたはずの醜い思想がこんなところで息を吹き返しているのかという思い。

あとがき

以上、いかがでしたでしょうか。

事件の背景を考えることは大事だと思います。本当の動機は何なのか、計画的なのか、精神に異常をきたしての犯行なのか否か、そんなことも当然探っていくべきでしょう。

ですが、今回の件については、亡くなった人が気の毒すぎて、なかなか考えが先に進みません。障害を持って生まれてきたという、本人に何の責任もないことによって差別され、生きる価値がないとして刃を突き立てられ、首を切り裂かれる。こう書いていても、うまく自分の感情を抑えることができません。

なんとか、犠牲者の名誉を確認し、少しでも高めることはできないものか。

その意味で最も腹立たしいのは、亡くなった人の名前を公表しないと神奈川県警が決めたことです。犯罪に巻き込まれ、無残に命を奪われた人が確かにこの世に生きた証の1つとして、犠牲者の名前と写真も出すべきだと私は思います。

大きな事件や事故が起こり、犠牲者が出れば、亡くなった人はどんな人だったのか、どんな夢を持っていたのか、何を語っていたのか、新聞もテレビも必死になって取材し、情報を提供します。読者・視聴者は、理不尽に中断された命を惜しみ、事件・事故とその問題の大きさを痛感させられることになる。今度も是非そうすべきです。犠牲者は何という名の、どんな顔立ちの人だったのか、年齢はいくつなのか。どんな愛称で呼ばれていたのか、何が出来る人だったのか。家族や職員はその人のどんな表情や仕草を覚えているのか、そうしたことの総てを共有すべきです。それが、犠牲を乗り越え、障害者の人権を守っていくことにつながるのではないでしょうか。

一般に実名報道がどうこうという議論、少年法で加害者が守られている云々の議論はちょっと置いておきましょう。ここは、犠牲となった障害者の実名と写真をどうすればいいかという話です。なぜ、犠牲者が障害者だという理由だけで名前を伏せられてしまうのか。

説明が困難でしょう。家族が嫌がっているというのは本当でしょうか。自分の身内に知的な障害を持った人がいて、そのことが恥ずかしいというのだったら、亡くなった人々は、家族によっても差別されていたことになってしまいます。

平気で、犠牲者の名前も写真も隠してしまうのは、障害者をみんなで差別しているということにならないでしょうか。私を含め、日本社会がそのようであることを、良くないことと考えるのなら、変えなければならない、そう思われませんか。

image by:  Twitter(@tenka333)

 

『uttiiの電子版ウォッチ』2016/7/14号より一部抜粋

著者/内田誠(ジャーナリスト)

朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。

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出典元:まぐまぐニュース!