練習仲間、会社、支えてくれた人たちに恩返しを  パラ柔道、日本代表の廣瀬悠、順子夫妻

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 9月7日に開幕するリオデジャネイロ・パラリンピックの柔道に、廣瀬悠(37)、順子(25)=ともに伊藤忠丸紅鉄鋼=夫妻が日本代表として出場する。男子90キロ級の悠は2008年の北京大会に続き2度目の、順子は初の出場。昨年12月に結婚し、2人で目指してきたパラリンピックに至るまで、拠点としている松山市の練習仲間、力強いサポーターとして活動を支える所属会社など、多くの人たちの協力の下、恩返しのメダル獲得へ突き進む。

 パラリンピックの柔道は視覚障害者が対象になる。全盲も弱視も区別せず、体重別に争う。ルールも技もほとんど健常者と同じだが、あらかじめ組み合った状態で試合が始まるため、開始直後から激しい技の応酬となり、投げ技など見た目にも派手な大技が次々に繰り出される。逆に力が拮抗していると、なかなか決着が付かず延長戦にもつれることもしばしばだ。

 2人とも子ども時代から柔道に取り組んできた。愛媛県宇和島市出身の悠は、小学校2年生の時に始めた。宇和島東高校時代には高校総体にも出場している。高校2年の時、コンタクトレンズを使用するため検査で訪れた病院で「緑内障」が発覚した。徐々にものが見えにくくなり、視野が狭くなる病気。主に中高年に発症する。今は治癒というより進行を食い止める治療を受けている。2年前には「眼球が破裂する危険がある」と指摘され、医師から柔道をあきらめてはと、言われたこともあるそうだ。

 順子は山口県山口市出身。小学校5年生の時に漫画「あわせて1本!」を読み、柔道を始めた。西京高校時代には高校総体にも出場。高校を卒業した19歳の時に膠原病で入院中、字が見えにくくなり、血栓性血小板減少性紫斑病(TPP)と診断された。血管が詰まりやすくなる病気で、それが目にきたという。入院している間、不安と闘いながらも「くよくよするより、後悔しない人生を送ろう」と決意した。この積極性は柔道のみならず、私生活でも発揮された。合宿などで顔を合わせるうちに順子は、明るく誰とでも打ち解けるムードメーカーの悠に結婚を申し込んだ。悠も「とにかく(順子は)勢いがすごい」とうれしそうに話す。

 松山市に拠点を構えた2人は、自分たちで練習相手を探した。これに松山聖陵高校、松山東雲女子大が応じてくれた。拒むどころか「ぜひ来てくださいと、とても協力的だった」と順子は振り返る。障害者アスリート雇用でも、まず悠が伊藤忠丸紅鉄鋼の面接を受けたが、「自分ではなく、選手として有望な順子を採用してもらおう」と内心決めていて、実際、面接の場で妻も推薦した。結果は両者採用。2人には、周囲が手を差し伸べたくなる誠意と熱意と、何とも場を和やかにする雰囲気があるようだ。

 5月のパラ代表選考会。体重を1階級下げた悠は苦戦続きだったが、松山市の太山寺の周囲を走って培ったスタミナが最後にものを言った。順子はコーチ役の悠から教えられた技がさえた。2人で話し合って工夫してきた練習でリオへの切符を手にした。悠は「練習では(健常者の)高校生や大学生に思い切りやってくれと頼んでいる。障害者柔道は力勝負だから」と妥協はない。

 本番まで、残された時間は少ない。悠は「体重を下げたことで上位を狙える。今から特別なことをするのではなく、今までやってきたことを継続していく。目標は限りなく金に近い銅メダル」という。北京大会では3位決定戦で敗れているだけに、メダル獲得の難しさは人一倍、身に染みている。順子も「苦手の左組みをどう克服するかが今後の課題。メダルが目標だが、できれば金を」と話す。そして「普段通り悠さんが傍にいるので」と付け加えた。