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●歩く喜びを与えるHondaの技術
テレビ東京は7月26日、「自分の力で歩きたい… 〜患者を救う"極めた技術"〜」と題したガイアの夜明けを放映。日本の製造業が培ってきた技術が医療の世界でも生かされている現状を、「歩行」というテーマに焦点を当てて紹介した。

「ものづくり大国」として世界に名を馳せる日本は、超高齢社会に突入しているという問題を抱えている。技術者たちの「新たな挑戦」は、そんな高齢者や先天性の障害を持つ人たちにとって希望のともしびとなる可能性もあるため、放映後はインターネット上に視聴者の称賛の声が相次いだ。

○ASIMOのノウハウを生かした歩行訓練機器

番組は、高齢者のリハビリに注力している大分県・大分東部病院での一コマから始まった。3カ月前に脳梗塞を患い、右半身が不自由となった70代男性。歩行時はつえが手放せないというその男性が、ある機器を腰周りに付けて歩行訓練をする姿が映し出されていた。

機器を装着した男性は5分後にはつえなしで歩いており、20分後には機器を取り外した状態でも、つえなしで歩けていた。「ふらふらしなかった。速く歩けた」と男性の顔に笑みがこぼれる。

その装置とは、本田技研工業が開発した歩行訓練機器「Honda歩行アシスト」。「倒立振子モデル」と呼ばれる考えに基づく効率的な歩行をサポートする装置だ。ヒューマノイドロボット「ASIMO」の開発で培った「人がどうやって歩くのか」という技術が、Honda歩行アシストにも生かされている。

1999年に同機器の開発が始まり、開発初期は背中に背負うタイプで約30kgの重さがあったとのことだが、今では約3kgまでスリム化に成功。装着も1分ほどで可能とのことで、高齢者をはじめとする装着者への負担を軽減させた。

同社の伊藤寿弘さんは「一度(Honda歩行アシストで)訓練をすると、しばらくの間その感覚が(使用者の)体の中に残っている。そういう効果があると訓練の中で出ている」。その「残っている感覚」がつえなしでの歩行を可能にしていると解説する。

"効果"はそれだけではない。開発段階から試験的にHonda歩行アシストを導入している神戸市のある高齢者施設では、施設利用者の足にある変化が起こっていたという。

足の筋力が落ちてきている90代の女性が週2回、3カ月間にわたり同機器で歩行訓練をしたところ、歩き方に著しい改善が見られた。Honda歩行アシストは、足の筋力が落ちた高齢者の歩行能力維持にも効果があるとされている。

○子ども向け製品の開発に向けて

2015年11月から、病院や高齢者施設を対象にリースを始めた同社が新たに挑んでいるのは、病気や障害で歩行困難な子どもたち用のHonda歩行アシストの開発だ。

京都市内で暮らす中学1年生の男子は、脳性まひのために車いす生活を余儀なくされている。生まれてから一度も自分の足だけで歩いたことがないというその男子は、登校前と帰宅後のつえを使った歩行訓練を日課としているが、玄関の段差をまたぐのも一苦労している様子だった。この男子のように脳性まひで体が不自由な子どもは、わかっているだけで全国に9万人いるとのこと。

症状に苦しむ子どもたちに「歩く喜び」を知ってもらうべく、同社は京都大学大学院の大畑光司博士と共に「子ども用Honda歩行アシスト」(以下、子ども用アシストと表記)の開発に着手した。脳性まひの男子は幼少期より大畑博士の下でリハビリを行っているとのことで、本田技研工業の伊藤さんは開発段階の子ども用アシストの効果のほどを男子に試してもらっていた。

両脇につえを抱える男子に「子ども用アシストなし」の状態で5メートルを歩いてもらったところ、その計測タイムは44秒だった。次に「子ども用アシストあり」の状態で歩行してもらったところ、はじき出されたタイムは55秒でアシストなしの状態よりも遅くなっていた。

その様子を見ていた伊藤さんが、タブレットで子ども用アシストの歩行サポート具合の設定を変更。再度「子ども用アシストあり」で計測したところ、そのタイムは33秒まで跳ね上がった。さらに20分ほどその状態で訓練した後、子ども用アシストを取り外して5メートル歩いてもらったところ、その所要時間は27秒だった。最初の同条件の計測タイムより20秒近く早い計算になる。男子は「歩きやすい。足が自動で動いている」と話した。

●F1チームでの経験が生かされた「測定と操作」
Honda歩行アシストのこの驚異の能力を支える機能は「測定と操作」にある。同機器は、股関節の角度を感知するセンサーを内蔵しており、足を振り上げる力である「屈曲」と後ろにける力である「伸展」が測定できる。測定したデータはタブレットで確認でき、個人の症状に合わせて設定を操作しサポートする力を変えられるというわけだ。

この発想のベースには、伊藤さんの経験が生かされている。伊藤さんはかつてF1チームのエンジニアとして活躍しており、伝説的ドライバーの故アイルトン・セナ氏のマシーン整備などを手掛けていた。

F1では、リアルタイムでのエンジン回転数などのデータ解析が欠かせないが、それを可能にしているが「テレメーター」と呼ばれるシステム。レース走行中のマシーンから送られたデータがレース場のコンピューターを経由して別の場所にある解析室に届けられ、その解析結果が現場にフィードバックされるという仕組みだ。この手法がHonda歩行アシストに応用されている。

○「技術をもって人間に奉仕する」

ただ、子供用アシストの実用化はHonda歩行アシストの機能をもってしても一筋縄ではいかない。脳性まひの男子のように、「歩くという感覚そのもの」が欠如している子ども相手では、これまでと勝手が違うからだ。「Honda歩行アシストをそのまま小さくすればいい」という単純な問題ではない。

実用化のためにはさらなるデータが必要と思い立った伊藤さんは、脳性まひの男子に2週間継続して子供用アシストを使用してもらうことを決意。男子宅に機器を貸し出し、その効果を見ることにした。

その男子は、つえを用いた歩行訓練とは別に、自宅内で壁に手をついた状態での横歩きをする訓練もしている。ただ、左足の筋力が弱いそうで、途中でしゃがんでしまう姿が映し出されていた。だが2週間の"訓練後"は、一度も休まずに壁の端から端まで横歩きができるようになっており、スピードもアップしていた。

中学から高校生にかけては、身長が伸びて体重も増える。その結果として、骨は伸びるが、筋肉は伸びずに膝がかたくなる。そのため、中学生時代にどれだけ歩き続けることができるかが、将来の歩行を可能にするための分水嶺(ぶんすいれい)になるという。脳性まひの男子を含め、残された時間が少ない患者は世に多数いる。子供用アシスト実用化に向け、伊藤さんたちの厳しい闘いは続く。

それでも、同社創業者の故本田宗一郎氏の「我々は技術会社である限りは、技術をもって人間に奉仕する。技術は人間のためにあるんだ」という言葉を常に胸に秘める伊藤さんは、1歩前進した手ごたえを感じていたようだ。

「あとはどういう設定をするといいかそういうところをしっかりと見極めて、もう少し幅広く勉強しないと一気に商品化まではいかないと思うが、非常に役に立つのではないかという自信は持てた」。

●「国はこのようなすばらしい企業をサポートすべき」との声
このHonda歩行アシストのほか、膝関節痛に悩む人たちのため、大型船舶用スクリューの研磨で培った技術を応用した人工関節を製造する帝人ナカシマメディカルが、海外進出へ向けて奮闘する姿も番組内で放映されていた。

こうした日本の職人たちの技術や知恵、そして新たな分野へと挑戦する姿を目の当たりにした視聴者は、「ホンダの技術者は頼もしい。本当に素晴らしい」「昨日までつえをついて歩いていた人が、歩行アシストをつけたら歩けるようになる。夢みたいなことをやってのけてしまう」「日本はもっとこういった素晴らしい会社を補助するべき」などのコメントを、放映後にインターネット上につづっていた。

また、「将来はディープラーニングやIoTも組み合わせた、言語障害や認知症のためのアシスト機器が登場するのではないか」などのように、さらなる医療系デバイスの開発を期待する声もあった。

○中小企業にもチャンスはある

古くはオリンパスや富士フイルムなどがその技術を活用し、内視鏡やエックス線写真のデジタル画像を世に送り出して医療業界へと参入してきた。そして、キヤノンや旭化成、本稿で紹介した本田技研工業なども医療・健康分野への進出を果たすなど、その流れは現在も続いている。

ただ、何も医療方面へとシフトできるのは大手製造企業ばかりではない。物事の視点や見方を変えれば、日本企業の大多数を占める中小企業にも身体面の不自由さに悩んでいる人を救えるチャンスはあるはずだ。今回紹介された歩行訓練機器や人工関節のような人を助けるアイテムが、思いもよらぬ業界から今後一つでも多く生み出されることを祈る。

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