炎上とは正義を確信した不特定多数の人たちによる集団リンチ『ネット炎上の研究』

写真拡大 (全2枚)

ウェブ炎上に加担し、繰り返し書きこみをしている人は、炎上にかかわっているように見える人たちのうちのほんの一部、ごくわずかな人数しかいない、という研究結果が、先月あたりからネットニュースで語られるようになった。

その研究成果とは、田中辰雄・慶應義塾大学経済学部准教授と山口真一・国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教の共著『ネット炎上の研究 誰がどうあおり、どう対処するのか』(勁草書房)。


話題になった本なので、お読みになったかたも多いだろう。計量経済学の手法を使った分析が注目された。 

現場で繰り返し書き込みをする人たちはごく少数の固定メンバー


同書によれば、eltes Cloud炎上事例集にみられる2013年の日本語ウェブ炎上449件、14年は415件。11年以降、炎上の4割はTwitter主導で、保守党への批判は炎上しやすいとか、強硬なフェミニズムの立場の人が加わると炎上しやすい、といった指摘が同書では見られる。

また計量的アプローチのさまざまな調査結果から見えてきた事実としては、
「ネット上なら強い口調で非難し合ってもよい」
という意見に同意する人は調査対象の13%にすぎない。

さらに、2万人を対象におこなった調査では、炎上に乗じて「1度書き込んだことがある」のは0.48%、「2度以上書き込んだことがある」のは1.04%、この合計1.52%からウェブ調査バイアスを除くと炎上参加者は約1.1%だという。

こういったさまざまな調査の結果から、著者たちが推測する炎上参加者の割合はネットユーザの0.5%程度であり、さらに
「攻撃対象の目に見えるところに書き込んで直接攻撃する人」
となると、わずかは0.00X%のオーダー、しかもそれは流動的ではなく、かなり固定した特定のメンバーになるという(8年という長期にわたる スマイリーキクチさん中傷事件の主犯ですら18人)。


『ネット炎上の研究』には、サイト運営にかかわった人の意見も参考に挙げられている。
・ニコニコ動画を荒らすのは少数者だが、荒らしている人自身は自分を少数派だと思っていない(川上量生氏)
・2ちゃんねるの炎上事例のほとんどで実行犯は5人以内、単独のケースも(西村博之氏)

不特定多数の人たちによる集団リンチ


『ネット炎上の研究』では、炎上という現象をこのようにとらえ直したらいいのではないか、という提案も見られる。
炎上は決闘ではなく、正義を確信した不特定多数の人たちによる集団リンチであり、攻撃者には議論をする気はないというのだ。

著者たちのプロファイリングによれば、炎上で大活躍する人たちについては、

・非難し合ってよいと考えているなど、少々特殊なユーザ
・直接攻撃する人は非常に攻撃的でコミュニケーション能力に難あり
・炎上での攻撃者は正義を確信していることがほとんど
・攻撃相手に対し「あなたは恥ずかしくないのか!」と詰め寄り、「こんな常識的なこともわからないのか」と迫る
・聞く耳を持たず。説得は不可能

といった傾向が見られるという。

炎上に参加してないときにも同じことをしているのでは?


こういった分析やプロファイリングの結果を読んで、「あれ?、これって……」と思った。
「ウェブ上ならどんなきつい言葉を使って非難してもよいと考えている」
「議論をする気がなく、相手を論破して倒すことしか考えていない」
「加害者であることを反省するどころか、自分の境遇のほうがもっとつらい、と事件とは無関係な自身の事情を述べるくらい被害者意識が強い」

などの特徴を見ていると、このタイプの人たちは、炎上にならないとこのような性質を発動しないというわけではないように思える。
炎上に参加してないときにも、同じことをしているのでは?
こういう行動をとる人というのは、炎上という環境があって初めてその存在が析出されるのではなく、そもそも炎上がなくても、湧いてくるのではないか。

炎上にならなくても、たったひとりでもこのような必要な個人攻撃を続けるタイプの人……そういえば、ウェブ上ではたまに見かけるなあ。
そういう人が、たまたま、炎上でも同じことをしている、というだけなのではないか。

「炎上」というのはウェブ用語だが、「粘着」というウェブ用語もある。
炎上の中心にいて何度も攻撃的な書き込みをする人というのは、べつに炎上でなくても、ひとりで攻撃対象に「粘着」しているタイプなのではないか、 という気がしてきた。

どう対処するか


こういう厄介なことに巻きこまれたときにどうするか、というガイドラインが「高校生のための荒らし・炎上リテラシー」 として『ネット炎上の研究』には示されている。

その提案は、自分が炎上の攻撃対象にされたときだけではなく、先述のように、特定の人に「粘着」されたときにも役に立つので、かいつまんであげておきたい。

・反論するときは人と意見とを分け、人については語らず、意見について語るのがよい
・「死ね」とか、「バカか」とか、最初から対話・議論をする気がない書き込みは無視(スルー)が基本
・いざとなれば閉鎖してやり直せばよい。法的措置も可。

〈主張する相手は、攻撃してくる者ではなく、その場を見ているあなたの友人達です。友人達を思い浮かべながら、友人達に向けて語るようにしましょう。「いま私はこう非難されていますが、それについて私はこう思っています」と友人に語るのです〉

〈世界中があなたを責めているような気がしてきますが、そんなことはありません。9割以上の人は、そのような書き込みに心を痛めており、あなたの味方です。味方なのになぜか持っているのかと思うかもしれませんが、反論すると攻撃者はさらに喜んで書き込みを増やすので放置しているのです。ほとんどの人はあなたの味方だと思って、気を強く持ちましょう〉

だれでも炎上の被害者になることあるが、そうはいってもその確率は低い。
むしろ炎上ではなく、被害者意識に凝り固まった特定の攻撃者にしつこく罵倒されたり、陰口を叩かれたりすることのほうが、はるかに起こりやすい現象だ。
そういう事態になったときにも、この本の分析と提案は同じように役に立つ、というのが『ネット炎上の研究』の読後感だ。

とくに「無視が基本」は「炎上」対策だけでなく、「粘着」対策でもポイント。
罵倒されても罵倒し返さない。陰口を叩かれてもこちらは叩かない。
相手は見当違いの恨みをこちらに向けているかわいそうな人だ。
そういうお気の毒な相手にあなたは似たいですか? 僕は似たくないな。

炎上で騒ぐ人が一部の特異な人(〈通常の対話型の議論をすることが難しい人〉)であるなら、炎上を大きな集団行動として分析することはミスリーディングかも、という本書の指摘は重要だ。
(千野帽子)