『東京クラシック地図』(都恋堂:編/交通新聞社)

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 小生は自宅でBGMにクラシックを流しているが、ネットラジオやCDばかりで物足りなさを感じていた。かといってコンサートに出向こうにも、懐の寂しい身分に数千円のチケット代はどうも厳しく感じてしまうのだ。何か他に良い方法はないかと思ったときに見つけた1冊が、この『東京クラシック地図』(都恋堂:編/交通新聞社)だ。本書では気軽にクラシックの演奏が聴けるレストラン&バー、音楽ホール、CD&レコードショップが紹介されている。その中で小生が一番気になったのは「名曲喫茶」である。それは店ごとにこだわりの音響機器を用いてクラシック音楽を聴かせる喫茶店で、まだレコードが高価だった1950年代から1960年代が全盛だったという。その後は数を減らしているものの、今でも根強いファンに支えられている。

 小生も名曲喫茶の存在は聞いていたが、気軽に行ける近所の喫茶店とは違い、ルールが厳しいのではないだろうかと勝手に思い込み、今まで入ったことはなかった。しかし本書を読むと、雰囲気抜群のカラー写真と店主へのインタビューが紹介されていて、どこも居心地が良さそうだ。心配していた変な堅苦しさなど、まるで感じられない。名曲喫茶とは「数百円で買える至福の時間」とまで語っている。それならと思い、ぶらりと行ってみることにした。

 どこに行こうかと迷うが、ここは本書でも冒頭に紹介されている、渋谷の「名曲喫茶ライオン」に決めた。道玄坂から百軒店商店街へと入り、その奥に現れるヨーロッパ建築の小さくとも威厳を感じる老舗──それが「名曲喫茶ライオン」だ。物静かな入り口に少々入りづらさを感じたが、そっと入ってみると心地良いショパンのピアノ曲が出迎えてくれる。店員さんは不慣れな小生に控えめな声で「お好きな席へどうぞ」と案内してくれた。

 着席して前を見ると、本書でも注目されていた巨大な木製フレームのスピーカーと高級家具調のレコードプレーヤーが鎮座している。店主へのインタビューを読むと「週末の度に大阪からレコードを持ってくるお客もいる」とのこと。なるほど、こうして実際に聴くとその気持ちが分かる。迫力があるのに繊細さも感じる音は、その場で演奏しているかのような音色で、これは家庭用機器では到底味わえない魅力である。また、今回は1階に座ったが本書では2階席で聴くのもお勧めだという。「吹き上げてくるような音の臨場感に圧倒される」ほどの迫力で、店側も「帝都随一を誇るステレオ音響」と謳っている。その名機たちの演奏を楽しみつつ味わうコーヒーもまた実に旨い。しっかりとしたコーヒーの味を感じられ、口の中からそれまでの緊張感を癒してくれる。結局、コーヒー1杯で1時間半もノンビリしてしまった。

 他にも本書では、生演奏が聴けるレストランも紹介されているが、中でもビアホールで有名な「銀座ライオン」が気になる。その5階にある「音楽ビヤプラザ」では、ワイワイとビールを呑みながら、声楽を中心とした生演奏が楽しめるそうだ。クラシックの演奏会はどんな場所でも静かに聴き入るのが基本であるが、ここは賑やかであることが前提の店だから、まったく気取る必要がない。それがドイツスタイルなのだ。これなら小生のような演奏会に不慣れな人間でも、入りやすいのではないだろうか。

 普段からよく聴いていると書きながら、実は曲名などほとんど覚えてない小生。学生時代から聴いているのに、いい加減なものである。だが名曲喫茶では流れる曲を知らなくても、その心地良さに全く問題はないと実感した。聴いたことがない曲に出会えるのも楽しみだ。堅苦しく考えず、まずは本書を片手に名曲喫茶をたずねてほしい。旨いコーヒーと極上の音楽に身を委ねる至福の時間を、是非とも読者諸氏に味わっていただきたい。

文=犬山しんのすけ