『しないことリスト』(pha/大和書房)

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普通の幸せ」から降りてみる

 自分にとって、無理のない生き方やライフスタイルを実践することは、時として、大きな代償をも払うものだと思われている。たとえば、何歳までに結婚して、子どもをもうけて、家を買って、というような「普通の幸せ」を放棄するとか、家族を持ったとしても、仕事のあいだに子どもの世話を手伝ってくれる、おばあちゃんとかおじいちゃんが近くにいない、だとかそんな風に。

 それでも、それぞれが「標準」から外れながら選んだ人生のルートを、いかにサスティナブルなものにしていくかという試みは今も続いていて、その流れのなかに、本書『しないことリスト』(pha/大和書房)も位置付けることができるだろう。

 著者であるphaさんは、できるだけ働かずに生きていきたいと思っている「ニート」属性の人。また、さまざまなメディアに登場しているので結構な著名人でもある。「京大卒のニート」という肩書きで紹介されることが多いことからも、「ニート」と「京大卒」という組み合わせのギャップが、世の中的には大きなインパクトを持って受け入れられているようだ。

 また、「京大卒」という高学歴が、現在の日本社会でのサクセスストーリーや、一生安泰な勝ち組物語から「降りる」ことに、世間的な説得力をも生み出している。その説得力が、世の中に溢れている「〜 しなきゃならない」という固定観念をゆるやかに解いていく突破口のひとつにもなっている、ということができるだろう。

捨てることは手に入れること

 本書は、36個の「しないことリスト」の集積だ。「しないこと」といっても、ただ捨てていくわけではなく、同時に、新しいものを手に入れるためのリストでもある。仏教の出家のように俗を捨てるというよりは、どちらかというと、俗にとどまりつつも別の視点を開発していく、といった方 がいいかもしれない。

 まぁ、自分のペースで勝手に生きればいいのだが、そのやり方を学ぶ機会はそう多くない。そんな時のひとつのモデルとして、ここで示されている「ニート」的な生き方はとても参考になるだろう。本書は、「〜しなければならない」のオンパレードのような自己啓発書からすると対極にある、「反自己啓発」の自己啓発書だ。

 世の中には「〜しなければならない」とされていることが多すぎる。それにこれだけ情報が溢れた世の中だと、足していくよりも、むしろ、引いていった方がいい。その方が実はクリエイティブだったりするからだ。最近、ミニマリズムが流行っているけれども、それとも響き合うような内容にもなっている。

よりシンプルに、かつ幅を広げていく

 本書の中の36個の「しないことリスト」は、それぞれが完結しているので、好きなところから読み始めることができる。もちろん、それらすべてを実践しなければならないわけではなく、自分がピンときたり いいなと思ったりしたものだけをピックアップする、という読み方も可能だ。

 ここで貫かれている原理はとてもシンプルなもの。自分にとってあまり意味のない刷り込みによって、無理をしないこと。ひとつひとつ、思い込みを捨て去って、自分にとって何が大切で何が 必要なのか、また、何が可能で何が 不可能なのか。そのラインは試行錯誤の中でしか見つけることが難しいが、それぞれの心身から発せられる「自然」の声に耳を傾けて、それぞれの生き方を形作っていくこと。

 そんな当たり前のような生き方が、今の日本ではなかなか難しいことだが、それは確実に多くの人たちにとって必要な営みなのだ。生き方の多様性を作り出すことは、その社会の幅の広さを作り出すことでもある。つまり、それは豊かさを作り出す行為でもあるのだから、その意味で本書の内容は、まったく社会的な営みだともいえるだろう。自分が何を大切にしてこの人生を送っているのか、そのことに迷いを感じたら読んでみる価値ありだ。

文=中川康雄