不倫SF『あげくの果てのカノン』米代恭 × 芥川賞受賞の村田沙耶香 対談「イヤな人ほど愛おしい」

写真拡大

謎の地球外生命体・ゼリーによって地上が襲撃され、一部地域の人々が地下に住むことを余儀なくされている近未来の東京。地上のパティスリーで働く内向的な女子・高月かのんも、ゼリーの脅威にさらされながら暮らしているが、彼女が人生の関心を一心にそそぐのは、高校時代の先輩・堺宗介。過去に自分の告白を断り、既婚者にもなっている宗介の身辺を偏執的なまでに調べあげているものの、それだけで満足していたかのんだったが、宗介がかのんの店に立ち寄るようになったことをきっかけに、ふたりの関係は変化していき……。

【不倫SF『あげくの果てのカノン』米代恭 × 芥川賞受賞の村田沙耶香 対談「イヤな人ほど愛おしい」の画像・動画をすべて見る】

不倫×SFという、ありえそうでありえなかった斬新なとりあわせが話題となっているのが『週刊スピリッツ』連載の『あげくの果てのカノン』。重厚な世界観と、ストーカー気質メンヘラ女子の痛すぎる恋を、たぐいまれなる想像力で描くのは、24歳の俊英漫画家・米代恭さんです。

RE61-iECy3WGL

単行本第1巻が6月に発売された米代恭さんの『あげくの果てのカノン』



「カノン」以外の作品でも、友達代行サービスで働く男性が、派遣された家のお嬢様の「ペット」になることで自身の人間性に気づく『僕は犬』(秋田書店)や、母親から女装を強要されて育った男子と、心が女性であることに葛藤する男子ふたりの交流を描いた『おとこのこおんなのこ』(太田出版)など、世間一般の常識のなかで「息苦しさ」「居心地の悪さ」に悩んでいる人たちを描いてきました。

そんな米代さんが7月23日、『あげくの果てのカノン』単行本1巻を記念して開催された下北沢の書店「B&B」での対談イベントに登壇しました。対談のお相手は、『あげくの果てのカノン』に帯コメントを寄せた小説家の村田沙耶香さんです。

RE51+px9T8vNL

第155回芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの『コンビニ人間』



「10人産んだら1人殺していい」というルールが適用された近未来を描いた『殺人出産』や、セックスが「気持ち悪いもの」とされている世界を想像した『消滅世界』など、性愛にまつわる常識を大胆に書き換えた試みを展開してきた村田さん。彼女の作品もやはり、「世界の常識とのズレに息苦しさを感じたときにどうするか」がひとつのキーワードとなっています。

そして、『あげくの果てのカノン』の大ファンでもあるという村田さんは、もともと米代さんとは観劇友達。最初に「カノン」を読んだ時には、「へらへら一緒に演劇を見ていた人がド天才だった!」と驚いたのだとか。

最新作「コンビニ人間」での第155回芥川賞受賞というニュースも注目されるなか、今回の対談イベントでは、米代さんとともに「この世界を自由に生きるには?」というテーマを語りました。

文:平松梨沙 写真:編集部

グロテスクなものとは? 恋愛と幻想と世界


REDSC02727

左:米代恭さん 右:村田沙耶香さん


不倫とSF、どちらも得意分野というわけではないと話す米代さんですが、担当編集に「米代さんに、世界がどんなことになっていてもそれを気にしない女の子を書いてほしかった」と言われて『あげくの果てのカノン』が生まれることに。

米代さん自身も、「恋愛のしはじめというのは、どんなに相手を好きだと思っていても、自分の萌えポイントがたまたま相手に合致して、ある意味幻想をみている状態だなと思っています。それをえんえんと追いかけていくことの快楽を掘り進めて描くのは楽しい」とのこと。

「今のかのんにとって、先輩は『神様』なんですよね。自分のなかに形成した偶像崇拝がかのんを活かしていて、彼女の世界に色をつけている状態。だから、そうじゃない先輩は見たくない。でも先輩は神ではなく人間だから、そこで生まれるひずみみたいなものも書いてみたいと思っています」(米代さん)

「しかも、先輩は『修繕』によって心まで入れ替わっていってますからね。かのんが一途に好きな人は一体どこにいるんだろうって考えだすとすごくおもしろい。でも、ずっと独りで恋愛しているその感じがすごく好きです」(村田さん)



そんな米代さんが単行本刊行時に戸惑ったのが、「かのんが気持ち悪い」「こわい」という感想が届くようになったこと。先輩の声を録音して夜な夜な聞いている、先輩の歴代彼女のことを調べあげてアルバムにまとめている、などといったかのんの行動について「ふつう」だと思って描いていたので、びっくりしたそうで……。

それに対して、村田さんも「かのんちゃんはかわいいですよ!」とメンヘラストーカー女子であるかのんを擁護し、「小学校時代に、自分の隣の席の男子を好きな女の子に頼まれて、彼の文房具とかをこっそり彼女にあげていた」という衝撃のエピソードを披露。しかし、これに米代さんも「わかります!」と共感し、満員御礼の会場で「好きな人のものを盗んだことがあるか」というアンケートがとられる事態に。

さらに1巻の各ページをひもときながら、作品の魅力や米代さんの意図が語られるなかで、村田さんが「泣いてしまった」として挙げたのは、友人たちに「先輩大好き」ぶりを笑われ、他の男子とくっつけられそうになったかのんがテーブルをひっくり返し、「先輩は何を考えているのかわからないけれどすごい人なんだから!」と怒りを爆発させるシーンでした。たしかに、かのんが「世界」に向けて自分の生き方を表明した、重要なシーンといえます。

REre199e74197014f6b917d74a36927cec52

『あげくの果てのカノン』1巻149-150P



「ゼリーに侵略されたり、そのゼリーに対抗するために人間を『修繕』して戦闘員として投入していたりする世界というのもかなりグロテスクで、倫理的にどうなの? と感じていましたが、あんなに好きな人がいるかのんに『この人どう?』って言う友達がいる世界のほうがよほどグロテスクだなと、泣いちゃいました」(村田さん)

「あの場面のつらさは、半分くらい実話です。自分が普通だと思っていることを周りに笑われて、それに驚いていること自体も笑われるって、本当につらいじゃないですか。わたしは自分が間違っているんだと思って、何も言わずに持ち帰っちゃうんですけど……。でも、これは担当編集さんと話して『かのんは主人公だからここで怒ることができるんだ』と言われたんです」(米代さん)

「この世にはパターン化されている恋愛もいっぱいあるんだけど、わたしはなんでもありだと思っているんです。既婚者同士が『他の人とセックスしてOK』と同意しているならそれでいいと思うし、処女だけど人工授精で子供を産むみたいなのもアリだと思う。本人たちの間のなかで解決していることなのに『世界がそうだからという理由でさばく』というのが一番グロテスクで怖いこと」(村田さん)

「『コンビニ人間』のラストも、世界の常識からみて自分が間違っていてもわたしの世界はここなんだという選択をする話ですよね。それって本当に勇気がいること。だけど村田さんはそういう選択もアリということを教えてくれる。それが素晴らしいなと思います」(米代さん)

イヤな人について考える/書くのが好き


REDSC02578

満員の会場


米代さんが村田作品の魅力としてさらにあげたのは、「ディテールのリアリティ」。そうやってお互いが作品を生み出すときに「人間の何がおもしろいと思って書いているのか」を追求しているうちに見えてきたのが、ふたりとも「イヤな人がなぜイヤなのかについて考えるのが好き」ということ。憂鬱なことに思えるのに、なぜなのでしょうか?

「私は、『コンビニ人間』の白羽のように、作品の中でいちばん嫌な人間を書いているときが一番楽しいんです。嫌いだなあと思った人のことをどうして嫌いなのかずっと考えちゃう。そうして人間のみにくい感情を書いていると、人間のことをどんどん好きになっていくんですよね。グロテスクであればあるほど、人間のことが愛しくなっていく」(村田さん)

「わかります。私も自分が現実でいらっとしたところを書くのが好き。それで、この人に対してどうしていらっとしたかがわかったときにすごく愛おしくなる。全部のことがパチッとわかって作品にはまったときのカタルシスがすごいです」(米代さん)

「この話でわかりあえたの初めて!」と盛り上がるふたりに、会場から少し笑いがもれる瞬間も。

「好きって理由がないじゃないですか? なんでこの人はこんな嫌みな言い方を思いつくのかな〜とは考えるんですが、感じのいい人には疑問をもたないから。その人のことを考えている時間でいったら、嫌な人について考えている時間のほうが長いですね」(村田さん)

「嫌な人にはついていっちゃう!」とまで言う村田さんに、司会から「じゃあ村田さんが近寄ってきたら嫌われていると思ったほうがいいんですね」と軽口をたたくシーンもありました。

「かのんは先輩とセックスするのか?」


RERE0d6b92c7cc22142a08a5a76f137c3cbb

『あげくの果てのカノン』1巻201-202P


終始意気投合するふたりでしたが、村田さんがファッションカルチャー雑誌『Maybe!』に書きおろした最新作「魔法のからだ」朗読で始まった後半では一転、村田さんと米代さんのスタンスが大きく分かれるトピックが提示されます。それは、「恋愛描写において肉体に重きをおくか」。村田作品において描かれる「性愛の生々しさ」と対比して、「はたしてかのんは先輩とセックスするのか?」という疑問が発されることに。

「かのんが先輩とセックスしているところが全然想像できないんですよね。かのんにそれができるのかわからない。逆にずたずたになった先輩の血をなめているとかなら想像できるんですけど。それ(セックス)が想像つかない不思議な恋愛ではある」(村田さん)

ここで明かされたのが、米代さんが「今までに人と付き合ったことがない」ということ。

「片思いはすごくしてきたんですけど、自分のイメージがすごく先行していて、ちょっとしたときに『あ〜』と失望しちゃう。そういうときの自分って、もっとも誠実になるべき相手本人をまったく見れていないなとは思います。(そういう意味で)かのんもまた、今描写している段階では先輩に誠実になれていないんですよね。今後はそういったところに向き合うのかなとは思うんですけど……」(米代さん)

REDSC02583



かのん自身と重なるところも多い、やわらかくてしなやかな感受性を持つ米代さんが、今後どのような選択をかのんにさせていくのか。『あげくの果てのカノン』の今後、そして米代恭という漫画家の今後の底しれなさに、ますます期待が高まるイベントとなりました。

(C)米代恭/小学館 月刊!スピリッツ連載中