『日本人は何を考えてきたのか』(齋藤 孝/祥伝社)

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 「日本人らしさ」とは何だろうか? そしてその「日本人らしさ」を作ったものは何なのだろうか? 世界で活躍する日本人が増え、日本を訪れる外国人が増えた現代だからこそ「日本人らしさ」という言葉に注目が集まる。よい意味にも悪い意味にも使われる「日本人らしさ」だが、日本人らしさを作り出しているものがわかれば、日本で生まれ生活していること以外に自分がなぜ日本人なのかという根本的な部分が見えてくるかもしれない。そこで今回は『日本人は何を考えてきたのか』(齋藤 孝/祥伝社)を取り上げる。

日本人を作っているのは日本語

「言語」は、日本に限らず世界の歴史を見ればそれぞれの国民性を作り出していることが一目瞭然だ。他の国を支配したり、植民地化したりするときには、支配される国の母国語を奪って、自分たちの言葉を使わせるという支配方法が採られてきた。自分の考えを述べるときにも、頭の中で考えるときにも使うのが言語だから、思想面を大きく左右するのも当然なのだ。しかも、日本語は言葉の並び方や使われる文字の数が諸外国の言葉とは異なる。だから、それを使いこなすうちに独特の考え方が生まれたというのもうなずける。例えば、「漢字に振り仮名を振って別の読み方をさせる」「主語を省略して話す」「行間に意味を含ませる」といったことは一見それぞれ全く別のことのように思われるが、全て日本人的な感覚で行われていることだ。音だけでなく裏に意味を持たせたり、イメージを広げたりすることは、言葉遣いが昔とは変わってしまった現代でも変わらない「日本人らしさ」と言えそうだ。

日本人は無宗教ではない

 世界中の戦争の原因は宗教にあると言っても過言ではない。そのため、無宗教の人が多いと言われる日本人は、世界の争いごとの根の部分は共感できない位置にいるように感じられるかもしれない。それは、日本の歴史の陰に、絶対的な神の存在を否定する仏教があったことに関係している。日本古来の神道がありながらも、政治に影響を与えていたのは仏教。しかも、日本に伝来した大乗仏教は解釈の自由度が大きく、さまざまな捉え方をすることができた。だから、日本人は通過儀礼の中でお寺にもいけば神社にも行く。実は 日本において1つの神だけを信じるキリスト教などの一神教は 広まりにくいことが 歴史を見てみてもわかる。日本人は無宗教と言われるが、どちらかというと仏教を信仰しながらも八百万の神や外来の神も心のどこかで受け入れてしまう独特の宗教観があったからのようだ。だからこそ、今世界中で起こっている宗教がらみの争いの中で、日本人は自分とは異なる宗教感を持った人も理解できる立場になれるかもしれない。

西洋に対するあこがれとコンプレックス

 西洋を意識することで日本人だと感じることは、海外に行くことが珍しくなくなった今も昔と変わらないのではないだろうか。近隣の韓国や中国に対する気持ちとアメリカやヨーロッパに対する気持ちは明らかに違うという人が今でも少なくないはずだ。その感覚は、鉄砲が伝来した戦国時代も、鎖国を決めた江戸初期も、黒船が来航した幕末も、そして明治、大正、昭和の時代もずっと日本人が感じてきたことなのかもしれない。近隣の国々を相手にしていた頃の日本人は自分が日本人であることを強く意識することはあまりなかったのだが、西洋人が日本に来て、西洋と交易を始めてからの日本は西洋を意識しながら、自分の国について調べるようになり、日本人としてのあり方を見つめるようになったと言える。

日本人の人生観はグレーゾーン

 日本人がまとめた最古の歴史書は712年に編纂された「古事記」。また、日本人的な思想が垣間見える歌集「万葉集」の編纂も700年代のこと。つまり、日本人の考え方はそれ以降の約1300年の歴史を見ればわかるというのが著者の見解だ。変化してきた文化の中で脈々と受け継がれている考え方を見ていくと、日本人の人生観や倫理観は武士道で語られるほど白黒はっきりしたものではなく、曖昧を好むグレーゾーンにあることがわかった。義理と人情にほだされやすいのもそのせいかもしれない。

文=大石みずき