病院で診察を受けると、症状に「病名」がつけられ、病名がわかって初めて治療法が決まります。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』で早大教授の池田先生は、旭川医科大学・緩和ケア科の医師である阿部泰之さんの著書を引用しながら、現代の医療においてごく当たり前になっている「EBM」(根拠に基づく医療)という手法について、そのメリットとデメリットを明らかにしています。はたして、医者が病名を付けることはいいことなんでしょうか、悪いことなんでしょうか?

病名を付けるのはいいことなのか

旭川医科大学の阿部泰之さんという緩和医療の専門医が書いた『ナニコレ?痛み×構造構成主義』(南江堂)と題する本を読んだ。阿部さんは長年痛みを治療する経験を通して、同じ病名がついていても、同じような痛みを訴えてきても、最も優れた対処の方法は一義的に決まらず、状況ごとに異なることを学び、上記の本を書かれたという。

医学の主流は、まず病名を確定して、その病気に対する最も適切な標準的な治療法を施すやり方だ。一般的にEBM(evidence-based medicine 根拠に基づく医療)と呼ばれるものがそれで、膨大なデータを統計処理して、どんな治療法が最も治る確率が高いかを調べ、適切な方法を選択しようというものである。

もちろん、EBMで治る病気も多い。病気の原因がはっきりしているもの、例えば、感染症やケガなどは、このやり方で、ほとんどの人は治るだろう。原因と病名と治療法がほぼ1対1対1対応している場合が多いからである。しかし原因が多岐に渡るものや、原因がよくわからない、あるいは原因がわかっても取り除くことができない病気は、そう簡単にはいかない。たとえば、がんの治療である。がんの究極原因はがん関連遺伝子の異常にあることはわかっていても、遺伝子の異常を修復する方法は今のところないので、手術、放射線,抗がん剤といった様々な治療法が試みられている。しかし、一番適切な治療法はあらかじめわからず、たまたま、治る人もいれば、よけい悪化して死期を早める人もいる。

著者の専門である慢性疼痛はさらに複雑で、標準的な治療法であるオピオイド(モルヒネ様活性を有する合成ペプチド)をどのくらいどのように投与するかは、患者の個別の状況によって異なり、一般的な解はない。著者の考えでは、慢性疼痛は現象であって、病名をつけるのは好ましくないという。阿部は次のように書いている。

「私は、たとえば繊維筋痛症という診断名を使いません。繊維筋痛症は原因不明で、全身の痛み、不眠、抑うつ、過敏性大腸炎などを合併する疾患群です。もちろん、このような患者さんがいることは知っていますし、それに近い人を診た経験もあります。しかし、繊維筋痛症に保険適応の通っている薬剤を使うため、という理由以外で繊維筋痛症という名づけをするメリットを私は感じないのです。それが、繊維筋痛症という定義にあてはまる人であれ、そうでない人であれ、慢性痛症として大きく認識したうえで、あとはそれぞれの志向を探り、志向を変える契機を個別に考えていくということになるわけですから」。

ここで言う志向とは患者が自分の痛みについてどのように考え、どうしたいかという、患者が痛みに向き合っている癖のようなもので、それをいい方向に変えることで、痛みがずっと和らぐことを、著者は主張しているのである。契機は様々で、薬剤であったり、カウンセリングであったり、患者自身の経験であったりするわけで、一般的な解はない。病名をつけてしまうと、あたかもその病気に対する最適な治療法があるかのように医者も患者も考え勝ちなので、病名はつけないほうがいいのである。

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『池田清彦のやせ我慢日記』より一部抜粋

著者/池田清彦(早稲田大学教授・生物学者)

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出典元:まぐまぐニュース!