人付き合いのポリシーを語るマキタスポーツ

写真拡大

 親友の定義は決まっていない。人によってさまざまだ。ある人にとっては親友かもしれないが、別の人にとってはそうではない。30代以上の女性200人アンケートで聞いてみたところ、「親友」が1人もいない人は37.5%だった。「1人」は17.5%、「2人」は21.0%、「3人」は15.5%、「4人」が5.5%、「5人以上」は3.0%だった。そして「親友」の定義としてもっとも多かった答えは「何でも話せる」だったが、この人はどう考えているのだろうか。

 山梨県出身。18才で上京。28才で芸能界デビュー。ミュージシャン、俳優など多彩な顔を持つミュージシャンで役者のマキタスポーツ(46才)は、親友の数は「0人」という。

「10代後半から20代にかけては、親友と呼べる存在がいました。大学時代、東京・明大前の風呂なしアパートに住んでいたんです。上京したばかりの5月にノイローゼ気味になってしまって、引きこもっていました。

 体だって洗いたくって仕方ないけど、銭湯に行くと知らない人たちが裸でいるのがすごく嫌で、胸が苦しくなる。そんな不安定な状態でした。ある日の深夜、コンビニに行った帰りに自宅アパートの前に身長185cmはある大男が、街灯に照らされて、鞄ひとつとギターを抱えて立ってました。

 彼は高校時代のクラスメートでした。特に仲がよかったわけではないけど、雰囲気のあるやつでした。話を聞いたら、『親父とけんかをして家出をした。しばらく匿ってほしい』ということでした。孤独な者同士が傷をなめ合うがごとく、しばらく一緒にいて、彼を匿いました。

 彼の両親は捜索願を出して、ぼくにも電話をかけてきました。だけど、ぼくは『知らない』と白を切って、彼を匿った。そんな生活を半年間くらいしてました。若かったですね。彼とは社会に出てからも関係は続いていました。

 1998年、ぼくは芸能界入りしました。3年後の31才で結婚。それからラジオや映画などにも出させてもらって、いろんなコミュニティーに入って良くも悪くも影響を受けながら、自分自身をアップデートしてきました。

 でも、彼は、成長せずに立ち止まり続けた。だんだん彼といることがストレスになってきました。数年前、彼のことをラジオでネタにしたら、彼は怒ってしまって、それ以来連絡が途絶えました」(マキタスポーツ・以下「」内同)

 今、振り返ると彼は“親友だった”といえるという。

「『親友』は青春ワードみたいなものかもしれません。高校時代のクラスメートには、成長していてほしい一方で、変わらずにそのままでいてもらいたい思いがあるんです。

 ぼくは、自分で言うのもなんですけど、優しいと思うんですよ。傷つけられたくないという被害者意識も多分にあって、人づきあいに関しては一定の距離を保っていきたい。

◆徹底している人づきあいのポリシー

 過剰に仲よくなりすぎると、高校時代のクラスメートの彼のように煩わしいことがある。

 だから、親友は『途中からいらないもの』と思っている節がある。むしろ、『いらないものと思っている』ことで自分自身割り切ってるのかもしれません。『親友って何?』というのが根本的にあるんですよね。青臭い反発がいまだにある。肩組んで『おれとお前は、親友だよな』って、どのツラ下げて言えるんだよと思います。

『親友がいること』よりも、自分が死んだときに何人悲しんでくれるかのほうが、ぼくには重要です。その人なりのサイズ感がお葬式にはあります。

 自分の葬式にどれだけの人がきて、どれだけ本当に悲しんでくれたのか。自分自身は死んでしまっているのでわからないんですけど(笑い)。

 ぼくは両親をすでに亡くしています。自分で両親の葬式を仕切ってみて、お袋や親父の死を本当に悲しんでくれた人は、見ればわかりました。それが本当のその人のサイズ感と思うんです。親友とかうんぬんよりも、そこに結果があると思います」

※女性セブン2016年8月4日号