『ずうのめ人形』(澤村伊智/KADOKAWA)

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 鈴木光司の『リング』刊行から25年、都市伝説ホラーの新たな傑作が誕生した。澤村伊智の『ずうのめ人形』(KADOKAWA)は、ある都市伝説が現実を侵食してゆく怖さをサスペンスフルに描いた、危険なフィクションである。

 オカルト雑誌の編集者をしている主人公の藤間は、変死を遂げたライター・湯水の自宅マンションに残されていた手書き原稿に興味を抱く。そこには「ずうのめ人形」という呪われた都市伝説と関わることになった孤独な少女・里穂の日常が描かれていた。藤間よりも先に原稿を読み終えた大学院生・岩田は、目の前に日本人形がいる、と謎の言葉を残して死亡。湯水も岩田も死体からはなぜか両目がくり抜かれていた。

「ずうのめ人形」の呪いは今も生きている。しかもそれは文字を介しても伝わるのだ! そう気づいた時には、藤間もすでに原稿を読み、呪いにかけられた後だった。彼の視界に喪服を着た日本人形が現れて、じわじわと向こうから近づいてくる……。

「この話を聞いたら×日後に死んじゃうんだって」「◯△さんの話を聞いて一週間後、枕元に◯△さんが来るんだって」。そんな噂を、誰しも子ども時代耳にしたことがあるだろう。出所のはっきりしない、他愛もない都市伝説だ。そうと分かっているのになぜか否定できず、夜になると怖くて眠れない。

 著者が『ずうのめ人形』が挑んだのは、こうした不条理で理屈を超えた怖さである。4日後に必ず死ぬという呪いに触れた時、人はどう行動すればいいのか。藤間の恐怖と絶望が、ひりひりと胸が痛くなるほどに伝わってくる。

 こうしたタイプの恐怖を扱った作品としては、冒頭に名前をあげた鈴木光司の『リング』が有名だ。山村貞子の呪いのこもったビデオの恐怖は、映画化によって全世界に広がり、Jホラーの代名詞となっている。

『ずうのめ人形』で面白いのは、先駆者である『リング』にもちゃんと言及しているところだろう。大学院生の岩田は自分だけ助かろうと、藤間に対してある行動を取る。それが『リング』に出てくる方法とそっくりなのだ(作中にも「これは『リング』の「呪いのビデオ」と同じ対策だ」とはっきり書かれている)。

 これって『リング』の設定と似ているな、という読者の感想をあらかじめ織り込んだうえで、オリジナルな怖さを描き出そうとしてるところに、著者の野心を感じさせる。

 著者の澤村伊智は『ぼぎわんが、来る』で第22回日本ホラー小説大賞を受賞してデビューした、ホラー界の注目作家だ。

 正体不明の化け物に襲われる一家の姿を、章ごとに主人公を交代させながら3部構成で描いた『ぼぎわんが、来る』は、デビュー作らしい勢いとトリッキーな構成が共存した傑作だった。

 今回は藤間視点のストーリーと、里穂の手記のパートが交互に語られてゆき、クライマックスで重なり合うという構成だ。前作に比べて直線的でオーソドックスな語りに見えるが、随所にどんでん返しが仕込まれているので油断できない。新人離れしたストーリーテリングのうまさで、約400ページの長編をラストまでぐいぐい読まされてしまう。

 作中、怖い話はそもそもなぜ怖いのか、という疑問について、オカルトライターの野崎が藤間に自説を披露するシーンがある。このシーンに興味を抱ければ、本作はもっと面白くなる。ジャンルのルーツや魅力を再確認しながら、その先に新たな作品を生み出そうという姿勢は、ミステリージャンルでいう〈新本格〉に近い。マニアもビギナーもそろって夢中にさせる澤村伊智は、新しいムーブメントを牽引する新本格ホラー作家なのかもしれないのだ。

 都市伝説という誰もが共感できるタイプの怖さを、テクニックを凝らして一気読み必至の長編に仕上げた『ずうのめ人形』。ホラーの過去と未来を感じさせる本作は、ホラーファンなら見逃せないこの夏の課題図書だ!

文=朝宮運河