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 確かに日本は豊かになった。にもかかわらず、いまだ幸せだと感じにくいのはなぜなのだろう? 内閣府の平成26年版『子ども・若者白書(全体版)』によると、自分の将来に希望を持つ割合は諸外国の中で最も低く、60%程度しかいないのだという。もっとも、その数字ですら高いように感じられる昨今の情勢である。

 こういった調査結果はなんとなく受け流してしまいがちになるが、もしそこに本質的な問題が潜んでいたとしても、無視できるだろうか。なぜ経済大国であることと、幸せに暮らすことがイコールで結ばれないのだろうか?

 いまからおよそ40年前に、こうした日本の姿を“予言”したアメリカ人がいる。

 1961年から1966年まで駐日アメリカ大使を務めたエドウィン・O・ライシャワーの『ザ・ジャパニーズ』(訳・國弘正雄 文藝春秋 現在絶版)。江戸時代末期から昭和40年代までの日本の社会制度や政治体制の変遷を調べ上げ、日本人の営みをひとつかみに記した名著だ。

 しかし何よりも恐ろしいのは、その時点での分析から、いまの日本が直面する困難を導きだしている点だ。読んでいると、答え合わせをしているような気分になるのだ。

 というわけで、いくつかトピックに分けて見ていきたい。

◆危ういバランスの上に成り立つ豊かさ

 ライシャワーは、日本が経済発展していくための絶対的な前提として、世界的な平和によって機能する自由貿易を挙げている。資源や土地に乏しい日本が生き延びていくためには地球大での通商関係が不可欠だというのだ。日本は独力で繁栄、発展することができず、多くの他国との相互依存の関係が必要となる。それを可能にする平和と友好の態度こそが、日本の生きる道だと説いているのである。

 しかし、ここまではそう目新しい議論ではない。問題は、そうした姿勢を維持し続けたとしても、貿易立国として繁栄し続けるのには限界があるということなのだ。ライシャワーは、次のように記している。

<他方、日本の輸出の大半を占める工業製品や高級なサービスは、原材料と農産物の制約こそあれ、ほとんど無限に生産の増加が可能であり、これらの生産能力をもつ人々の数も、不可避的に増大することになろう。だとすれば、これらの製品やサービスの価格は、「補充不可能」な資源や農産物価格との対比において、いきおい下降せざるを得ない。十分な量の製品を売ることで、必要な輸入品の代価にあてるという日本のしくみは、このときにこそ、さらに困難の度を加えることになろう。>(35 貿易)

 そのため、「豊かさを増すことはおろか、現状を維持することすらむずかしくなっていく」との予測がなされたのであり、2016年現在の日本を見れば、ほぼこの見立て通りに推移してきたと言える。ゆえに戦後から高度経済成長期を経てバブルを経験しながら、ライシャワーの目には日本人に確たる自信や根拠がないように映ったのかもしれない。

◆日本人が抱える「漠たる不安」

 加えて、こうした自由貿易による繁栄は、もともと自らを“他とは違う民族”と考えていた日本人にとっては劇的な変化だった。つまり、日本は世界からは孤立しており、「われわれ」(日本人)と「彼ら」(その他世界)といった具合に壁を設けて区別していたところへ、急速な近代化がやってきた。言ってみれば、“世界”が無理やり入りこんできたのである。

 戦後からの輝かしい成果を見れば、経済や商売の面では、なんとか対応してきたと言えるだろう。それでも日本人の間に、どこかもやもやとした気分が残っているのは否めない。ライシャワーの指摘に、はっとさせられる。

<現に日本人の胸中には、世界における自分たちの地位についてはもちろん、自分たちが一体なんでありだれであるかについてすら、深刻な不安が存在する。>(3 孤立)