若いお坊さんに抱っこされて、猫もご機嫌…

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 「福井に猫がいっぱいいる寺があるらしい」と聞いて車を走らせた。その寺は越前市庄田町にある御誕生寺(ごたんじょうじ)。曹洞宗の禅寺で、猫の供養、捨て猫の保護などを続けていたところ、常時30〜80匹が集まるようになったとか。境内に入ると、いるいる! 石仏の足元、本堂の軒先、若い修行僧に甘えている猫も……。どの猫ものんびりとしていて、見ているだけで癒される。「猫好き悶絶」のスポットだ。

 御年89歳の板橋興宗住職のそばでも、猫が居眠りしている。板橋住職によると、寺の建立中だった2002年、敷地内に段ボールに入った子猫4匹が捨てられているのを見つけ、えさをやったのが始まり。その後、子猫・成猫にかかわらず、多くの猫が持ち込まれ、“猫寺”と呼ばれるようになった。

 猫が集まると、けんかが起こり、治療費もかかる。最も多い時で80匹にまで増えたため、えさ代と医療費が膨れ上がった。そこで捕獲して避妊・去勢手術を施したほか、3年前からはフェイスブックやブログで情報を発信し、飼い主を見つける「キティ ウォーカー」という活動を始めた。これまで、御誕生寺が結んだ縁でもらわれていった猫は280匹を超えたという。

 板橋住職は宮城県出身で、海軍兵学校の学生時代に心のバランスを崩したことから禅に傾倒し、戦後に東北大文学部宗教学科で学んだのち出家した。福井県武生市(現・越前市)の瑞洞院、金沢市の大乗寺などの住職や、曹洞宗の大本山である總持寺の貫首、曹洞宗管長などの要職を経て御誕生寺を建立、住職となった。總持寺を開いた瑩山禅師が越前武生で生まれたことから、越前市に「御誕生寺」を建てたそうだ。

「私は宮城の農家の息子です。家ではネズミ捕りのためにいつも猫を飼っていた。幼いころは猫を抱いて勉強し、眠った思い出があります。猫はけんかをするけれど、人間みたいに戦争はしませんわなあ」(板橋住職)

 板橋住職のあふれる猫愛が伝わったのだろう。現在は全国に御誕生寺の猫を支えるサポーターが増え、えさや募金、首輪などがどんどん送られてくるようになった。平日も観光客がいっぱいだ。社務所には募金箱が置かれ、足を運んだ人の多くが協力している。募金のお礼には、猫にちなんだ品やお守りをもらえるのがうれしい。記者も募金に応じ、カレンダーをいただいた。

 カレンダーの主役となっているのは最古参の「れお」だ。10歳前後らしい。中国出身の女性が母国へ帰る際、寺に託していったとか。れおは、ぷっくりした口元とショボショボの目が愛らしく、取材した日はずっと眠ったままだった。「フェイスブックで(寺の存在を)知りました」という香港から来た観光客に安心しきった目を向け、頭をなでられていた。

 現在、御誕生寺には30匹前後の猫がおり、二十数名の修行僧が交代で世話をしている。えさは1日2回、午前7時と午後3時半。当番の僧は猫砂を替え、本堂裏にある猫小屋(といっても、ちょっとした納屋のような大きさで、かなり立派)の掃除などを行う。冬場は小屋の中に湯たんぽやホットカーペットを入れて暖かくする心配りも。以前は病気やケガに苦しむ猫を動物病院に連れて行くこともあったが、近年は近隣の獣医師が往診に来てくれるようになった。

 集まってくるのは生きた猫ばかりではない。本堂の裏には猫用の納骨堂があり、月に何度か「亡くなったペットを供養してほしい」と遺骨を持ち込む人もいる。「遺骨は10年経過すると、土に返す予定です」(板橋住職)とのことだ。御誕生寺では日曜日の午後に座禅会を開いており、「猫のご縁で出会った方が、その後もお寺に来てくださればうれしい」(同)との思いがある。

 「十代後半に肋膜炎で長く入院していた時期がありました。また、敗戦濃厚な時期はイモのつるを食べて飢えをしのいだりもした。終戦がもう1週間遅ければ、私は飢え死にしていたでしょう」と板橋住職。青年期に、さんざん心身の苦痛を味わうも、長生きしてもうすぐ90歳に手が届く。これまでの人生で、猫から得た教えは少なくない。

「頭の中を空っぽにして、ただ寝転んでいられる。それで春の柔らかな風が吹いてくれば、気持ちよさそうに目を細めるし、危険が迫ればさっと身をかわします。思考や言葉の介入なしに、ただ反応するだけの実に爽やかな存在です」(板橋住職)

 境内で蓮の花を眺め、猫をかわいがる板橋住職の周りには、訪問者が絶えない。御誕生寺はすっかり観光地となり、人が集まる場となった。ここは、猫が自由気ままに生きるパラダイス……。「うちの寺は宗教・宗派にこだわりません」(板橋住職)とのことだが、しいていえば集まる人はすべて“猫教”か“猫派”。座禅の極意を猫に求めているようでもある。(ライター・若林朋子)