『鬼の福招き』(小松エメル/ポプラ社)

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 累計25万部を突破した小松エメルさんの人気シリーズ「一鬼夜行」シリーズがはや六周年を迎えた。明治初期、まだまだ御一新前の匂いも濃い江戸の町を舞台に、鬼の小春と鬼より怖い古物商の喜蔵が、妖怪を巡る様々な騒動に巻き込まれる物語は、今巻『鬼の福招き』から第二部の幕開けとなる。

 前巻の結末で、それまでほぼ無双だった小春に思わぬ異変が起きただけに、一体どうなることかと思いつつ読み始めたのだが、喜蔵は相変わらずの泣く子がさらに号泣する閻魔面、小春が人をおちょくるのもいつも通りで、どうやら変わりなさそうだ、と思ったのだが。そうは問屋が卸さなかった。

 もし、圧倒的な力の差があったはずの存在が、突然ほぼ自分と同等になったとしたら、あなたならどうするだろうか。いたわる? 気づかないふりをする? 対抗心を燃やす? どんな風に接するかは、きっとそれまで築いてきた関係性によって異なるだろう。

 喜蔵と小春の場合、生来の不器用さとおちょくり気質がぶつかり合った結果、小春が喜蔵の店で「妖怪相談処」を(勝手に)開設する、という斜め上の展開になっていくわけだが……。とにかく、「小春への気遣い」という初めての体験をするうちに、全く望まない結果を生んでしまった喜蔵は、これまでの如くカンカンに怒る。だが、いくら怒れど「妖怪相談処」は繁盛する。そして、依頼をこなすうち、喜蔵は改めて理解していくのだ。他者もまた自分と同等か、それ以上につらい経験を乗り越えてきていることを。

 飼い主が毎夜通うあやしげな蕎麦屋の正体を暴こうとする九官鳥の経立(ふったち……鳥獣が尋常ではない年月を生きるとなる化け物)が、必死に主を守ろうとする理由。幼なじみの恋が生む悲劇。永遠に解けない呪いの中で生きていかざるをえない者たち。そして、蔵にあった鬼の像の、あまりにも残酷な過去。小春の根っから明るい振る舞いや滑稽なやり取り、喜蔵を支える人たちのお人好し加減のおかげで、全体的に軽やかな読み心地になっているのが魅力の本シリーズだが、登場人物(妖怪)それぞれが抱える事情は、実はとても重く、哀しい。

 特に今回のメイン・エピソードとなる顛末は、むごく感じられるかもしれない。しかし、人の世にはいくらでも転がっている話でもある。ゆえに、どんどん心を閉ざし、禍々しさを増していく「それ」の気持ちは、痛いほどわかるのだ。ああ、これじゃあ世を、人を恨んでもしかたないよね、と。

 だが、小春は「しかたないよね」では済ませない。闇に閉ざされた心を救うため、力の限り奮闘する。

 小松エメルさんいわく、若い読者に向けたレーベルで書いているのだから、もっと明るく快活な方がいいのかしら、と思うことが未だにあるそうだ。だが、読者からの感想を見る限り、むしろもがき苦しむ者たちの物語だからこそ、自分を見つめなおすきっかけを得、人生に対峙する勇気を見出しているらしい。

 過酷な試練をかいくぐってきても、笑い、楽しむことを忘れなかった小春。そんな小春に触発され、少しずつ硬い殻を破ろうとしている喜蔵。愛すべき凸凹コンビが、悩み苦しむ妖怪たちをどう救っていくのか。そして、その過程で何を得ていくのか。新しい局面に入った二人の成長物語、ますます楽しみになってきた。

文=門賀美央子