無名だった男が世界へ…リオ五輪代表DF亀川「後悔だけはしたくない」

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 手倉森ジャパン発足当初から常連メンバーの一人として、2年以上活動してきたアビスパ福岡DF亀川諒史は、見事にリオデジャネイロ五輪行きの切符を手に入れた。しかし、ここまで来れたのは決して一人の力ではないと強く感じている。「託される側」に回った男は、ともにアジアを戦い抜きながらも涙をのんだ仲間たち、そして今まで支えてくれた人たちの思いを背負って世界の舞台に挑む。

代表のユニフォームを着る以上

生半可な気持ちでピッチには立てない

――リオデジャネイロ五輪メンバー18人に選出されました。率直な気持ちを教えてください。

「自分の名前があって、素直に嬉しかったです。選ばれる選ばれないを決めるのはテグさん(手倉森誠監督)や協会の人だし、国内ラストマッチとなった南アフリカ戦後に、それまでの2年以上の代表活動を振り返って本当にやり切ったと思えた。これで選ばれなかったら仕方ないくらいの気持ちになっていたし、あとは待つだけだったので、メンバー発表のことはあまり深く考えていませんでした」

――メンバーに入ったことをどこで知りましたか?

「家でしたが、メンバー発表がネット中継であるのも知らなかったんです。普通にテレビを見ているときに、サッカーサイトが更新されているのを携帯で見て気付いて、そこで初めて知りました(笑)」

――最終予選後、SBには負傷者が続出したこともあって新戦力が多く試されるだけでなく、オーバーエイジとして藤春廣輝選手の内定がいち早く発表されました。

「確かに多くの選手が招集されていましたが、人がどうこうよりも自分に矢印を向けて、個人的に何をしてどうすべきかを考えていて、周囲のことはあまり気にしていなかった。藤春選手の内定が発表されたときも、左SBはもろに自分のポジションと被りますが、自分のレベルがまだ足りないのだと感じたし、『一枠決まってしまった』と思うのではなく、自分がやるべきことをして、何とかメンバーに入ろうと前を向いていましたね」

――プロになる前、代表は遠い存在だったと話していました。

「帝京三高時代の僕は無名で高校選手権に出場したこともなかったし、代表には縁がなかった。それでも、今回の代表が立ち上げられたとき、初めて年代別代表に呼んでいただきました。最初の頃はすごく新鮮な気持ちだったし、良い経験ができていると思っていましたが、呼ばれるたびに『ずっとここにいたい』『選ばれ続けたい』という思いが出てきて、日々のトレーニングに対する意識も変わったと思う。五輪メンバーに選んでもらえたことで責任感がより増したし、代表のユニフォームを着る以上、生半可な気持ちでピッチには立てないと思っています。それと個人的に、高校生までくすぶっている選手もいると思いますが、そういう選手の『光』になれればいいなと思うようになりましたね」

――これまで一緒に戦ってきた多くのメンバーが「託す側」に回ることになりました。

「アジアをともに戦い抜いてきた仲間が、2つの立場に分かれたことで、悔しい思いをしている選手はたくさんいると思う。『託される側』に回ったからには、そういう選手たちの気持ちを背負って戦わないといけないし、中途半端なプレーは絶対にできません」

――福岡のチームメイトである金森健志選手は、手倉森ジャパンの立ち上げからともにメンバー入りしてリオ五輪出場を目指して戦ってきた仲間ですが、涙をのむことになりました。

「14年1月のAFC U-22選手権で健志と僕はなかなか試合に絡めなかったけど、話す機会は多かったし、『2年後に2人でブラジルに行けたらいいね』と話したのを覚えています。その後、僕が湘南から福岡に移籍してチームメイトとなり、「アビスパで活躍すれば代表につながるはずだ」と2人で決意して切磋琢磨してきました。メンバー発表後、健志は悔しい思いを持っているにも関わらず、すぐに『おめでとう』という連絡をくれましたが、それを伝えるのも悔しかったんじゃないかなと思う。ただ、健志のことを良く知っているからこそ、その言葉にいろいろな思いが詰まっていると思ったし、健志の気持ちも背負い、福岡の代表として戦ってきたいと強く思っています」

――五輪への連続出場が懸かった最終予選前にはプレッシャーも感じていたようですが、現在の心境はいかがでしょう?

「最終予選のとき、周囲の評価はめちゃくちゃ厳しかったと思うし、『連続出場が途絶えたら』というプレッシャーとも戦っていましたが、逆に本大会はチャレンジャーという立場で楽しみな部分もあります。自分がどこまでやれるのか、どのくらいのレベルにいるのかはやってみないと分からないので、本当に楽しみですね」

――7月8日には第1子となる長男が生まれたことで、心境にも変化が生まれたと思います。

「メッチャかわいいですし、本当に最高の気持ちです。守るべきものが増えただけでなく、応援してくれる人が一人増えたので、もっともっと頑張らないといけないと思っています」

18人のメンバーに選ばれたけど

その肩書だけで終わってはいけない

――五輪本大会ではどういう部分を世界にアピールしたいですか。

「僕はうまい選手ではないと自分自身で分かっています。だからこそ、運動量豊富に動き、チームメイトのために走って、粘り強く守り、まずはピッチ上で戦い抜く姿を見せていきたい。いつも福岡でやっているとおり、自分らしさを大きな舞台で出したいと思っています」

――手倉森監督は本大会では「守備に回る時間が長くなるだろう」と話していました。

「当然、大会自体のレベルが上がるし、相手の個々の能力も高いと思うので、アジアを相手にしたときよりもボールを持たれる展開となり、守備に回る時間が長くなると思います。でも、ボールを持たれる時間が長くなったからと言って試合に負けるわけではないし、ボールを奪ってから素早く切り替え、縦に速い攻撃を仕掛けてゴールを狙うのはこのチームの強みでもあります。縦パスの多さも数字に表れていると思うので、今まで積み上げたものを出せれば良い試合をできるはずです」

――初戦で対戦するナイジェリアのイメージは?

「ナイジェリアだけでなく、五輪に出場する国はどこもそうだと思いますが、チームに1人や2人、多ければ3、4人はずば抜けてスピードが速かったり、すごい身体能力を持った選手が絶対にいるはずです。今まで味わったことのないスピードやパワーを持った選手との対戦になると思いますが、そういう選手に対してどこまで守れるかが大事だし、守備しかできないSBでは上のレベルを目指せないので、攻撃に移ったときにも存在感を出せるようにしたい。守備のときに普通にぶつかっても敵わない部分があるなら、どうすればいいのかイメージして準備をしないといけないし、そういう選手を相手に仮に最初のプレーでやられたとしても焦ってはいけないと思っています」

――焦らないことが大事?

「最終予選ではミスを引きずってしまったし、今までは『これをやってボールを取られたら…』と考えることもあり、慎重に行き過ぎて思い切ったプレーができないこともありました。だから、今は思い切りやってミスをしたら焦るのではなく、そこから取り返していけばいいという気持ちでやれています」

――最終予選後には「個人としてはなかなか良い思いはできなかった」と話していました。

「やっぱり最終予選で納得のいくパフォーマンスができたかと言われたら、決してそうではなかったし、僕は一次予選ではメンバーに選ばれたのにも関わらずケガをしてしまい、チームに負担を掛けてしまったと思っています。だからこそ、集大成である五輪の舞台で、その悔しさを晴らしたいですね」

――リオデジャネイロでの本大会にはアンダーアーマーの「UAクラッチフィット」を履いて臨むことになります。

「『UAクラッチフィット』は名前のとおり、すごく足にフィットするのでとてもプレーしやすいです。SBは切り替えやターンが多いポジションですが、縦の動きにも横の動きにも対応してくれるので、とても心強いし、履けば履くほどより足に馴染んでくるのが分かるので、最高のパートナーだと思っています。カラーは結構派手なイエローですが、自分的には『きたな』という感じです。だって、僕は目立ちたいけど、なかなかプレーでは目立てないので(笑)。目立つ『UAクラッチフィット』を履いて、ブラジルで躍動したプレーを見せたいです」

――五輪本大会をどういう大会にしたいですか?

「僕は自分一人の力では絶対にここまで来れなかったと思っています。家族や仲間、本当に多くの人たちに支えられたことで、ここまで辿り着けました。ただし、ここから本大会で試合に出られるか出られないかは、自分次第という部分が大きくなります。18人のメンバーに選ばれましたが、選ばれたという肩書だけで終わってはいけないと思うし、世界を舞台に活躍する姿を見せることで、今まで支えてくれた人たちに恩返しできると思うので、何としてもピッチに立って日本のために戦いたい。本当に一生に一度しか経験できない舞台だと思うので、そこで後悔だけはしたくないと思っています」

――チームとしてメダル獲得という大きな目標があります。

「皆メダルを取りに行くという気持ちは一緒だろうし、メダルを取ることによって、応援して下さっている方々の記憶にも残るはずです。最終予選のときは厳しい評価をパワーに変えてアジアの頂点に立てましたが、今回も感動を与えられるような戦いをして、やる以上は一番上を目指してきます」

(取材・文 折戸岳彦)