世界に挑む“いぶし銀”…リオ五輪代表MF矢島「試合に出なければ行く意味はない」

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 手倉森ジャパンの常連メンバーでありながら、浦和在籍時はクラブでの出場機会に恵まれなかったMF矢島慎也。2015年に期限付き移籍を果たした岡山でも当初は苦しんでいたが、徐々に存在感を示し始めると今やチームになくてはならない存在になった。それは、代表でも変わらない。指揮官から厚い信頼を寄せられ、着実な成長を遂げた男は、世界大会のピッチに立つことを待ちわびている。

10番にこだわりはないけど

9番は似合わない(笑)

――世界大会に臨むメンバー18人に選出されました。

「まずはホッとしましたね。それと、両親や友人など、昔から応援してくれる人が側にいたので、そういう人たちにメンバーに選ばれたことを報告できるのがうれしかったです。ただ、選ばれることが目標ではなかったし、試合に出て活躍して結果を残すことが大事なので、改めて気が引き締まる思いでした」

――これからは18人の争いとなり、サイドハーフのライバルは中島翔哉選手と南野拓実選手になりそうです。

「最終予選のときは自分と拓実で右サイドのポジションを争っていましたが、拓実はうまいし、ドリブルのキレがあるし、得点力もあるので、正直嫌ですけどね(笑)。ただ、一番大事なのは18人がまとまって戦うことだと思う。競争がある中、自分が試合に出たい気持ちはあるけど、ベンチに座ることになっても、そこで自分ができることをしなければいけません。ただ、本大会は過密日程の中、18人で戦い抜く必要があるし、全員にチャンスがあると思うので、良い準備をして、いざ試合に出たときに結果を残すことだけを考えたいですね」

――以前、手倉森誠監督は「慎也と(原川)力は『いぶし銀』。このチームのシステムを自在に変えてくれるし、困ったときにいてくれるから、安心している」と言っていました。

「『いぶし銀』って、最終予選が始まる前に呼ばれて直接言われました(笑)。テグさん(手倉森監督)はシステムを変える中で結構選手交代をしますが、そこで何をしたいかを理解してプレーに出すのは自分の良さだと思っています。自分や力はそういうタイプだと思うし、だからこそ継続して呼ばれて18人に残ったと感じています」

――流れを変える駒として試合途中から送り込まれることも考えられますが、もちろん先発にはこだわりますよね。

「それは誰もが思っていることだし、選手としてその気持ちを持つのは当然のことです。負けたくない気持ちを失ったら選手として終わってしまうと思うので」

――代表に呼ばれ続けたように、手倉森監督からの信頼は厚いと思います。「いぶし銀」という言葉以外に、信頼を感じたことは?

「いろいろな会話をしてきて、『試合をコントロールしてほしい』と言われたときも感じましたが、一番は10番を背負わせてもらったときですかね。5月のガーナ戦のメンバー発表があったとき、(普段10番の中島)翔哉はケガをしていました。それでメンバーを見たら僕が10番になっていたので『えっ!?』と思ったし、試合ではキャプテンマークも託されて(笑)。普通に考えたら、代表で10番を着けてキャプテンって、なかなかできないですよね。だから、そこで信頼されていると実感できました」

――ただ、本大会での背番号は9になりました。

「僕は別に10番にこだわっていなかったし、この世代の10番はずっと翔哉が背負ってきたものなので、翔哉が一番似合うと個人的には思っています。9番は小6のときに着けていて、結構点を取っていたので縁起はいいと思います。ただ、似合わないですけどね(笑)」

岡山への移籍を

後悔することもあった

――手倉森ジャパン立ち上げ当初、所属チームで出場機会を得られない中、代表に呼ばれ続けることにプレッシャーを感じませんでしたか。

「改めて考えてみると、クラブで試合に出ていないし、結果も残せていないのに、代表に呼ばれるというのは順序が逆ですよね。他のクラブで試合に出ている選手が選ばれずに、自分が選ばれていることに違和感を感じることがあったのは確かだけど、それは考えないようにして、テグさんが自分を必要としてくれているからこそ、代表に呼ばれているんだと考えるようにしていました。だからこそ、ここで結果を残さなければいけないと思っていましたね」

――クラブで出場機会が限られる状況で、代表で能力を出し切る難しさもあったと思います。

「今になって思うのは、試合勘は本当に大事だということです。自分がこうしたいと思っても、技術がついてこないときもあるし、判断が鈍っているときもある。あとは単純に90分走り切る力がなかったので、やっぱり難しさはありました」

――下部組織から育ったチームを離れ、2015年に岡山に期限付き移籍します。

「試合に出続けることが大事だという思いがあったので、決断は割と早かったです。周囲の人にも相談をして、『プロとしてやっていくのなら、試合に出続けないといけない』『カテゴリーを下げてでも試合に出ないと得られないものがある』という話を聞き、そういう後押しもあって移籍を決めました」

――岡山からのオファーがあったとき、試合に出続けられるという話は?

「それはなかったです。でもテツさん(長澤徹監督)は選手をフラットに見て、競争を促してくれる監督です。実際にそういうことも言われたし、僕自身も競争は大事で、そこを勝ち抜いてポジションを奪いたいと思っていました。けど、移籍してチームのやり方が変わったことや、試合勘が不足していたこともあり、序盤戦は途中出場や途中交代が多くて苦しい時期が続きましたね」

――当初は移籍を後悔することもあったようですね。

「なかなか試合に出られず、自分のプレーを見せられない。岡山では結構守備の部分を求められるので、守備を頑張ろうとしても、その守備がうまくハマらず、攻撃に移っても体力が残っていなくて、自分の良さを出せない試合が続きました。試合には絡めていたので、その分は成長していると思いましたが、理想とは程遠いプレーばかりだったので、そう思ったときに少し後悔したことはあります。でも徐々に出場機会が増え、成長していることを実感できたし、周りも期待してくれていたので、岡山に来た選択は間違いではなかったし、ここに来て良かったと思っています」

――昨季途中からボランチにポジションを移したことも、出場機会増につながったと思います。

「多分、テツさんじゃなかったらボランチで使ってくれなかったと思う。以前、練習試合でボランチをやったことはあったけど、公式戦でプレーしたことはなかったんです。それなのに自分から、『ボランチをやりたい』と生意気なことを言いました。それを聞いてくれたのも、リーグ戦で試してくれたのも、そして使い続けてくれたのも、テツさんが監督だったからだと思います」

――ボランチでのプレーは、選手としても一皮むけるきっかけに?

「自分のやるべきことが明確になった気がしますね。攻撃の部分ではボールを受けてはたいて、前に出て攻撃に参加していく。以前から守備の部分は成長させたいと思っていましたが、ボランチは最終ラインの前に位置するので、守備に対する責任感も増しました。ボランチにはいろいろな守備の仕方があり、それを覚えていくのは新鮮だし、いろいろと吸収しているので、ボランチでのプレーは自分に合っていたと思います」

フィニッシャーではなく

チャンスメーカーだと思っていた

――代表でもプレーするなど、ボランチを自らのポジションとしましたが、次のステップアップとして「得点に絡みたい」と常々話していました。

「今シーズンの岡山でのプレーに関して言えばちょっと物足りないし、結果も残せていないので悔しいですが、代表では点を取れるようになってきました。ここぞという場面で攻撃参加することも増えてきたと思います」

――手倉森ジャパンでは2014年と2015年の2年間で1得点だったところが、今年に入って5得点を挙げています。

「代表では2列目でプレーすることが多いので、より得点に絡まなければいけないと思っています。ただ以前は、チームには翔哉や(鈴木)武蔵、(野津田)岳人など点を取れる選手がいるので、自分の役割はつなぎに参加して決定的なパスを出すことだと考えていました。テグさんからそういう役割を言われたわけではなく、勝手に自分の中でタイプ的にフィニッシャーではなく、チャンスメーカーだと思っていた部分があります」

――今はその考えが変わり、ゴールという結果が残せている?

「やっぱり、パスを出せて点を取れる選手になれた方が絶対に自分にとっても、チームにとっても良いと思いました。最終予選で2点を挙げることができて自信を持てたし、点を取れそうなところに走り込むことや、クロスに対して飛び込むという意識を強く持てているので、そういう機会は以前に比べれば増えてきたと思います。ここまで点を取れるとは思っていなかったけど、今は常にゴールを目指しながら、パスにもこだわっているのでアシストも狙ってプレーしています」

――2年半の代表活動の中で多くのアシストを記録してきましたが、一番印象に残っているものは?

「最終予選の韓国戦で(浅野)拓磨に出したスルーパスですね。拓磨とずっとやってきたからこそ出せた、拓磨用のパスみたいな感じだったので(笑)。多分、他の選手ではなかなか追い付けない位置だったし、あのパスは自分だからこそ出せたと思う。シチュエーションも決勝の0-2で負けている場面で、拓磨が交代出場してスイッチが入った瞬間での得点だったし、多分チームもあそこで乗れて逆転勝利できたと思うので記憶に残っているアシストです」

――手倉森監督は本大会で守備に回る時間が長くなるだろうと話していました。攻撃の選手として、どう感じますか。

「守備から入るのが大事だと思うので、自分も同感です。ポンポンと2失点とかしてしまうと、試合は終わりに向かってしまうと思うので、まずは守備から入る。良い守備が良い攻撃につながるはずなので、自分は納得しています」

――耐え忍んで自分たちのペースに持ち込むことは、手倉森ジャパンらしさとも言えます。

「最終予選のときも圧倒的にポゼッションして、崩し切ってゴールを奪うというチームではなかったし、自陣ゴール前で体を張って守り、そこから少ない手数で攻めたり、セカンドボールを必死に拾ってリズムを生み出すチームだと思います。そのやり方は本大会でも変える必要はないし、テグさんが言い続けている『柔軟性』と『割り切り』、それと最近よく言われている『メリハリ』を意識したい。メリハリというのは本当に大事だと思っていて、『今、仕掛けるべきか』『今は落ち着かせるべきか』というところをプレーで示すことは自分には求められていると思うので、そういう部分をピッチ上で出していきたいです」

――マジスタの新モデルを履いて世界大会に臨むことになります。履き心地はいかかでしょうか。

「僕はマジスタのシリーズをずっと履いているので、新しいモデルもすんなり馴染んだし、ボールコントロールもしやすいです。凹凸がすごく目立ちますが、これがあることでパスやシュートが正確になると感じると、よりプレーが出来、乗ってくるでしょうね。自分はスパイクを履いたときに少しだけ余裕をもたせたいタイプなのですが、そんな自分でもフィット感を感じるので、普通の人が履いたら相当フィット感は良いと思います」

――見た目のインパクトもあります。

「やっぱり派手なのが一番です。今はいろいろなスパイクが派手になってきていますが、その中でもひと際目立ちますよね。これだけインパクトがあったら、人の目に留まりやすいというのは絶対にあるし、これを履いてプレーしていたら、『あそこにいるのが矢島だ』とすぐ分かってもらえると思う。これまでも派手なスパイクを履いてきたし、こういう革新的なスパイクは好きですよ(笑)。世界大会ではこのスパイクを履いて、ゴールを奪ったり、アシストをしてチームに貢献したいです」

――世界大会をどういう大会にしたいですか。

「一番はメダルを取って結果を残したい気持ちがあるし、それを今後のサッカー人生に良い形でつなげたいです。あと、自分は試合に出なければ行く意味はないと思っています。試合に出場するだけでも良い経験になると思いますが、試合に出て何かを感じるだけでなく、結果を残して自信をつけて帰って来れるようにしたいです」

(取材・文 折戸岳彦)