速水健朗さん(右)と池田利道さん(撮影/写真部・長谷川唯)

写真拡大

 東京への一極集中が止まらない日本。しかし、一般社団法人「東京23区研究所」所長の池田利道氏は、『東京どこに住む?』の著者・速水健朗氏との対談で、今「地方創生」で行われている議論は無謀だという。

*  *  *
池田:東京は、地方の暮らしや古い東京のよいところを取り込む底力がある。温故知新的なムーブメントを起こし、受容する柔軟性があるんです。そういう懐の深さは、都心回帰の大きな原動力になっています。

速水:一極集中をなくそうと、「地方創生」が叫ばれていますね。都心に集まる人口を分散させる方向で政策は動いています。池田さんは、一極集中を食い止めるべきだと思いますか。

池田:食い止めようとしてできるものではありません。地方の人口が減り、高齢化が加速することは大きな問題です。とはいえ、だから地方に人口を戻すべし、というのは違います。

速水:では、何をするべきなのでしょうか。

池田:地域を活性化させ、新しい人の流れをつくることです。とかく「人口の流出を食い止めよう」となりがちですが、私は反対です。街の新陳代謝を阻害してしまうから。それぞれの地域には文化がちゃんと根付き、求心力がある。それをどうブランド化するかを考えることが、あるべき方策でしょう。一極集中の是正ありきで、「地方の施設が空いているから、年寄りを移住させよう」という議論は最低だと思いますね。

 一極集中は経済の大きな流れのなかで必然的に起きている。都市は仕事や資産の集積という極を持ち、地方は地域文化という極を持つ。その二つの極の力学を慎重に見極める必要があるのに、強引に片方から何かを引き離す議論は無謀です。

速水:本当は地方で暮らしたい。でも、生きるために仕方なく東京に住むかのようなムードの論調があるじゃないですか。都市というとコンクリートジャングルの冷たいイメージで、暮らしは殺伐としていると。僕はそこに前々から違和感を抱き、異を唱えたかった。

 例えば、通勤ラッシュや交通渋滞などを見ても、ひどかった時と比べてだいぶ改善した。電車の本数が増えたり、時差通勤が広がったり。随分と変わったのに、古い都市のイメージが残っている面もある。現代の都市は違うよ、と僕は言いたかったんです。

池田:「一極集中はどう思いますか? いいですか? 悪いですか?」と質問されると、世の流れとして「悪いかな」と答える人が多い。でも、尋ね方の問題もあるし、「悪い」ならば、なぜあなたは東京に暮らしているのですか?という視点もないと、実態が見えない。

速水:最後に、人生の終盤の「終(つい)の棲家」について、池田さんに伺いたいです。

 住まい選びの常識として、「郊外で静かに暮らすのが人間らしい」という価値観が語られます。でも、そこから抜け出すと新しいものが見え、人生が大きく変わる可能性がある。本を通じて、僕はそのことを伝えたかった。だから、引っ越しを厭わないほうがいいし、住まい選びも柔軟に考えたほうがよいと考えています。

池田:実情として、引っ越しは簡単ではない面もありますが、速水さんの提唱するスタンスは、ひとつの考え方として悪くありません。

速水:郊外の団地の取材などを通じ、そこで一生を終えるとは考えていなかった高齢者が、抜けられずに暮らし続ける事例を数多く見ました。東京都心のタワーマンションには、郊外から抜け出た高齢の夫婦が引っ越してくることも多い。高齢者層の住居選びは、都心回帰の原動力の一つです。

 私事で恐縮ですが、石川県に暮らす僕の両親は、金沢市郊外の賃貸一戸建てから市の中心街のマンションに引っ越しました。両親は終の棲家とするようです。

池田:一般的に、高齢者は中心部のマンション居住が向いているといわれます。カギ一本で安全管理でき、車への依存度が低い。中心部は買い物難民にもなりにくいですしね。

 一方でリスクもあります。高齢者にとって、たまにしか帰らない家族よりも、近所との日常的なつながりのほうがはるかに強い。引っ越しはそうしたつながりを、物理的に断ち切ってしまう。

 年老いて人生が引き算勘定になると、新しい人間関係をゼロから構築するのは大変。引きこもりとなる可能性も否定できません。

速水:そうなると、元気なうちに引っ越しを考えたほうがいいですね。

池田:終の棲家を求めて引っ越しをするならば、子どもが巣立ち、仕事の面でもモーレツ社員を卒業した50代後半から60代初めが限界ではないでしょうか。この年代なら、まだ体も気持ちも元気ですし、新たなつながりをつくり出す意欲も湧いてくるはずです。

週刊朝日  2016年7月22日号より抜粋