【約55年前の日本】いろいろ変わりすぎて大変そうな昭和30年代前半の日常

写真拡大

どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回は静岡県のYouTube公式チャンネルから昭和30年代前半のニュース映像を数本ピックアップし、「生活の変化」ということをテーマに取り上げていきたいと思います。

この記事の完全版(映像と全キャプチャ画像付き)を見る

1本目の動画タイトルは「昭和32年 世界を結ぶメートル法  ほか」。昭和32年(1957年)ということで、今から59年前に制作されたものです。映像の1:47から始まる「世界を結ぶメートル法」を見ていきましょう。

「合理化へ 一家揃って メートル法」という垂れ幕が、静岡市庁舎と思われる建物に掲げられています。垂れ幕右上には、「昭和三四年一月一日より完全実施」とも。

それまでの日本では、長さは「尺や寸」、重さは「貫や匁」、体積は「升や合」の「尺貫法」が使われてきましたが、世界の標準規格である「メートル法」(メートル、グラム、立法センチなど)に上記日付より完全切り替え(尺貫法の使用を法的に禁じた)となっていたのです。

デパートの食料品売り場では、昭和34年を待たずして、すでにグラム単位での販売に切り替えていたようです。画面右には見づらいですが「換算表(匁とグラム)」が掲示されています。

精肉売り場では400グラム単位の値付けになっています(牛上肉400gが200円)。100匁が約375g(400gに近い)なので、換算しやすいからなのでしょう。ちなみに、現在も流通する5円玉の重さは3.75g、ちょうど1匁なのだそう。

みかんも400g単位で25円なり。しかし、使い慣れている単位が変更になるというのがいかに大変かは、想像に難くないことです。

場所は変わって、富士山を有する富士宮市です。これまた見づらいですが、お店の窓に「メートル法実施の店」と表示されています。同市では食品組合の呼びかけで、積極的にメートル法を取り入れていったのだそう。

しかも、先ほどのデパートとは違って、100g/1kg単位での値付けになっています。ナレーションいわく「どうせ変わるものならスッキリした方が、と割りきっています」とのこと。荒療治ですが、正確な感覚を身に付けるなら、こちらのやり方が正しいのかもしれません。

現在、世界共通(アメリカなど数国を除き)の単位が苦労なく使えているのは、こうした人々の努力もあってのこと。感謝しなくてはならないですね。

2本目の動画タイトルは「昭和33年 人は右 車は左  ほか」。冒頭から始まる「人は右 車は左」という、今なら誰もが幼少のときに習う交通ルールがタイトルの映像ニュースです。

バスが何台も停まっているので駅前でしょうか。当時静岡県内に車は8万台、毎年1万台増えていっているそうで、もの凄い増加率です。

そんな急激に変わりゆく交通事情に、信号や横断歩道などの整備は追いつけず、市民は戸惑うばかり。ナレーションいわく「交通地獄です」。

対向車が近づいてきているのに、猛スピードで車線をはみ出して追い抜いていく車がいます。交通事故の原因で一番多いのはスピード違反だそうで……。

当時の静岡県では交通事故で毎日1人が死亡、13人の重軽傷者が出ていたそうです。2016年5月の県内交通事故死者数は12人だったので、いかに死亡率が高かったかが分かります(3倍近く)。

「悲運の『としよりの日』」という新聞見出しが映ります。「としよりの日」と聞くと現代の感覚からするとなんだかギョッとしますが、1963年(昭和38年)まではこの名称が使われていました(1964年から「老人の日」に、1966年に「敬老の日」に改定)。

また、当時の静岡県では自転車が多かったようで、この通り。事故や違反が多かったそう。「これは危ないですね」と指摘されたのは、赤ちゃんをおんぶして、その後ろにもう一人お兄ちゃんを乗せているお母さん。

路上には自転車、バイク、自動車がそこかしこに停められています。路上駐車のせいでバスとトラックが立ち往生しています。「人と車と入り交じっているこのような状況では、まったく事故がないのが不思議です」とナレーション。

交通事故死者数が、日清戦争での死者数を上回ったことから「交通戦争」と呼ばれるようになる時代の幕開けでした。警察による安全教育や、信号や横断歩道などの設置を進めていくも、飛躍的に増える交通量とのイタチごっこが、これからしばらく続いていくのです。

3本目の動画タイトルは「昭和34年 魚やさんのお店改善  ほか」。ここでは、2:12から始まる「魚やさんのお店改善」をピックアップしました。

そこそこ交通量のある、片側1車線ほどの広さの道が捉えられます。その道路沿いでお店を構えるのはお魚やさん。「埃っぽい店先での」というナレーションから、道路は舗装されていない状態なのだと思われます。

魚がむき出しのまま、並べられています。冒頭の自転車の少年の格好から、暑い時期ではなさそうですが、鮮度を保つのが大変そうです。一応、水の入った桶や水槽もあるようですが……、

衛生的とはいえない環境で店主らしきが魚をさばいる姿が映ります。「県では食中毒の原因となるこれら魚介類むき出し販売を一掃し、衛生的な買いよいお店に改善することを望んでいます」とナレーション。

県が望むのは、現代でも見られるような低温に保たれたショーケース内に陳列整理された状態での販売です。

冷蔵庫での保管や、外部や住まいと完全に遮断した調理室や排水設備……。

とはいっても、補助が出るならまだしも、個人商店が改善するのは金銭的になかなか難しいことだったでしょう。こうして少しずつ、衛生面も改善されていったのですね。

引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)