詩歩さんはFacebookや著作などで「死ぬまでに行きたい! 世界の絶景」プロデューサーとして活躍中

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地球上には「絶景」と呼ばれる、なかなかお目にかかれない貴重な景観がある。目を見張るような絶景と聞くと、未開の密林から流れ落ちる滝であったり、人の足跡すらない真っ白な雪の世界であったり、簡単には人間を寄せつけない圧倒的な大自然の姿が頭に思い浮かぶかもしれない。しかし、大自然の美しさばかりが絶景のすべてではない。人間が作った畑や水田、建築物なども絶景を構成する重要な要素であり、あるときは大自然と人工物のコンビネーションによって絶景が生まれ、あるいはその土地に暮らす人々の生活様式があるからこそ、絶景を生み出しているというケースもある。

【写真を見る】奥大井湖上駅とダム湖(静岡県)。まるでジオラマのような湖と木々の間を列車が走る/写真提供:ピクスタ

そこで、世界各地の絶景に精通し、関連著書やWebサイトなどを数多く手掛ける“絶景のプロフェッショナル”詩歩さんに、「人間や暮らしとの関わり」という切り口を加味して、日本各地の絶景からチョイスした3ヶ所について解説してもらう。

■ 奥大井湖上駅とダム湖(静岡県)

最初に紹介するのは、大井川鐵道・奥大井湖上駅とその眼下に広がる長島ダムのダム湖・接岨湖(せっそこ)。静岡県を南北に走る大井川鐵道は蒸気機関車の動態保存(旧式の鉄道車両を運用可能な状態で整備・保存すること)で知られ、いわゆるSLがほぼ毎日運行する路線でもある。奥大井湖上駅は千頭駅で本線から枝分かれした井川線の中ほどに位置する。

「私自身が浜松市出身なので、親近感を感じる絶景の一つです」と語る詩歩さん。「絶景としてまず最初に目に飛び込んでくるのは、ダム湖の青み。この青さは写真でも伝わるはずですが、周囲の木々の緑もまた素晴らしいと思います。さらに、その青い湖と緑豊かな山に、一直線にかかる赤い鉄橋とそこを走る赤い列車がアクセントのように映える。パッと見た瞬間の一コマに、大自然と人工的な産物の組み合わせによって生まれる美しさが盛り込まれています。また、水の青さや木々の緑をバックに、真っ直ぐに軌跡を描く赤い橋と赤い車両、という色合いのバランスもすごく印象的な絶景です」

地元の人たちとの関わりという点でも興味深い部分があるという。

「この奥大井湖上駅というのは、湖の上ですから当たり前ですが駅の周辺に集落らしきものはまったくありません。現在の奥大井湖上駅は無人駅で“秘境駅”と呼んでいる人もいます。人間の生活感とは無縁のようにも思えますが、この路線は沿線に暮らす地元の人々にとっては重要な交通手段の一つ。つまり、通勤や通学で日常的に使われている路線なんです。日常生活で使われているということは、常に人間の手が加えられていくということでもあります。人が使い込むことで鉄橋の赤いペンキが剥げてきたり、人の手によって塗り直されて鮮やかな赤に戻ったり、そういう変化が生まれていく。人工物を含む絶景は、人間の生活がもたらす見た目の変化もまた味わいとして楽しめるものだと感じます」

■ 大内宿(福島県)

2番目の絶景は、福島県にある大内宿。江戸時代の宿場町が今も形をとどめて残っている場所で、40棟を超える茅葺屋根の家屋が立ち並んでいる。かつては江戸と会津を行き来する旅人や参勤交代の大名が利用しており、通行記録の中には伊達政宗や豊臣秀吉の名前も残っているという。

「この大内宿は私の著書『死ぬまでに行きたい! 世界の絶景 日本編』でも取り上げた絶景。茅葺屋根の家屋が続く街並みのかわいさが見どころですが、加えて強調しておきたい大きな特色は“体験できる絶景”という点です。というのも、大内宿にある家屋は今も形をとどめているだけでなく、宿屋や食事処として実際に使われ続けているから。大内宿に行くと、江戸情緒あふれる街並みを見ることができる上、その街並みの中で食べたり寝起きしたり、江戸時代の生活の一端を自分自身で体験できるんです」

また、大内宿はスペインのパラドールという宿泊施設と似ているかもしれない、と詩歩さんが付け加えてくれた。

「パラドールというのはスペインの半国営ホテルで、スペイン各地に宿泊施設が点在しています。その建物は、かつて栄華を誇った伯爵の宮殿や古城をそのまま使っているものも少なくありません。歴史的な建築物ですから絶景の魅力ももちろん備えていますが、今では高級ホテルとしても評価を固めつつあり、スペインの文化や歴史を肌で感じられる場所として各国からの旅行者に人気です。同様に日本の歴史を体感できる大内宿も、海外からの旅行者におすすめできる場所です。パラドールや大内宿のように、絶景を通じて各国の人々がお互いの文化や歴史を理解し合えるというのは、とても素敵なことだと思います」

■ 東後畑の棚田と漁火(山口県)

3番目は、山口県にある東後畑棚田とそこから見える漁火。東後畑棚田は農林水産省が発表した「日本の棚田百選」にも選出されており、夕暮れ時に棚田を見下ろす丘陵地の上に立つと、日本海に浮かぶ漁船の漁火を同時に眺めることができる。

「棚田というのは、それだけでも美しさを秘めた絶景に成り得る場所です。平地が少ない土地で効率よく作物を作ろうという目的で出来上がっていったのが棚田の成り立ち。ですから棚田はそういう国土の事情を抱えがちなアジアの国々にしかないんじゃないかと思います。アジア各地の棚田と比較して東後畑棚田が際立っているのは、海に面しているという点です。棚田とその奥に広がる日本海が見事に一体化して絶景を生み出しています。さらに言えば、海に面している棚田は他にもあるかもしれませんが、海の上に点々と散らばる漁火と棚田の組み合わせを見ることができるのは、おそらくここだけだと思います」

棚田にしても漁火にしても、農作物や魚を収穫するという人間の生活の延長線上にある光景だ。

「昔の人々は、純粋に生活のために棚田を切り開き、イカ釣り漁を始めたんだろうと想像します。その時の人々の気持ちの中には、絶景なんていう発想はまったくなかったはずです。そんなふうに、ただただ生活しているだけの姿が美しい、というのが東後畑棚田と漁火のすごさ。この巨大建築物は完成したら絶景になる、みたいな押し付けがましさもなく、観光用に後から付け足したものを絶景と呼ぶ、みたいな作り物っぽさもなく。東後畑棚田と漁火は間違いなく、人間の営みが生み出す絶景です」

最後に、3つの絶景に共通するポイントとして、詩歩さんは“四季”を挙げてくれた。

「日本各地の絶景は、四季の移り変わりによって景観が表情豊かに変化します。奥大井湖上駅とダム湖なら紅葉の季節には、新緑とは違う色合いの妙を楽しめるでしょう。大内宿は冬になると真っ白な雪に覆われて、夜にはランタンの小さな灯りがぽつぽつと並ぶ様子を見ることができます。東後畑棚田も田植えの季節や稲穂が黄金色に輝く収穫時期で、まったく異なる趣きに変わっていきます。そして、四季のある日本で暮らす日本人なら、季節感を大切にして生きている人も多いはず。今回取り上げた3カ所の絶景は、四季折々で変化していく豊かな自然と人間の暮らし、その2つがうまく重なりあっている絶景、と言えるかもしれません」【東京ウォーカー】