稲垣えみ子さん

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――「50歳、夫なし、子なし、無職でも希望でいっぱい」という稲垣さんの生き方や、山口智子さんの「子どもを生んで育てる人生を望まない」宣言は多くの共感を呼んでいます。同時に論争が起こりやすいテーマでもありますが、そのことについてはどう思われますか。

稲垣 私は山口さんと違って成り行き上こうなっただけで、そんな共感を呼ぶほどのことをやってるわけじゃないんですが…、しかしそれはさておき、そういうことが時に激しい論争の的になるという世の中の空気が気になります。 私が子供の頃は、女性は結婚して出産するのが当たり前で、それが子供心にもすごいプレッシャーになっていたんですね。「結婚できなかったら負け」みたいな押し付けがあって、で、どうも負けそうな予感があったので(笑)どうしようと。学校の勉強なら努力次第でなんとかなりますが、結婚となるとそうはいかないじゃないですか。持って生まれた容姿とか、あるいは家柄とか、そういう自分ではどうしようもない要素で結果が左右されてしまう。それがすごく嫌だったという記憶があります。

 だから、いろんな先人の努力で世の中がちょっとずつ変わって、女性でも結婚・出産以外の生き方ができるんだということが常識になったことは、私にとってはすごく嬉しいことでした。私が就職したのはちょうど男女雇用機会均等法元年で、どの企業も男女の区別なく門戸を開いてくれた。そういう社会の変化がなければ私の人生は今とは全く違ったものになっていたと思います。まあそれがよかったのか悪かったのかはわかりませんが、少なくとも「世の中が悪いせいで自分はこういう生き方を押し付けられた」みたいな被害者意識は持たずに済んだ。そのことに関しては、心からしみじみと、よかったなあ、ラッキーだなあと思っていた。

 ところが気づいてみたら、そうやっていろんな生き方を自由に選べるようになったはずの女性たちが、結婚や出産をしていない自分を責めて、後ろめたさを感じているとは。どうしてそんなことになっちゃんだろうと考え込んでしまいます。私が子供の頃に比べたら、今の女性は、お金も、モノも、自由も、本当にたくさんのものを持っているはずなんです。そのはずなのに、まだ自分に「足りないもの」を探しては、不安や不満を感じている。

――そのベースにある不安の原因は何でしょうか。

稲垣 これはかつて、着もしないような大量の洋服を際限なく買いまくっていた私自身の体験でもあるんですが、不安になるのは、自分がどうやったら満たされるのかがわからないからなんじゃないでしょうか。多くの人が、知らず知らずのうちに企業の戦略やマスコミの宣伝に乗せられて、「これがあれば幸せになれる」あるいは「これがなければ幸せになれない」と、際限のないぼんやりとした欲望に身を任せて生きている。自分の欲望のサイズがわからないと、何がどれだけあれば満足できるのかわからなくなってしまう。

――恋愛や結婚も、そういうぼんやりとした欲望の一部になっていると?

稲垣 恋愛も結婚も相手あってのことですから、自分がいくら「したい」と望んで努力しても、思い通りになるものではないですよね。「ご縁」がなければ仕方がない。それはみんな、心のどこかではわかっていることだと思うんです。でも最近の女性誌やネットの広告なんかを見ていると、もうとにかくモテたい、恋愛したい、結婚したいっていうのがまず先にある。だから相手を見つけなきゃと。そこには、恋愛や結婚をしなきゃ幸せになれないという強迫観念があるんだと思います。でも「相手は誰でもいいから結婚したら幸せになれる」なんていうことはあるはずがないですよね。

 幸せの形は人それぞれです。結婚して幸せになる人もいるし、ならない人もいる。結婚しなくて幸せという人もいるし、そうじゃない人もいる。そもそも、何もかも手に入れれば幸せになれるというものでもない。手に入れない方が幸せということだってあるし、そしてそれはすべて、自分の思い通りにはならないことばかりです。何かを「取りに行く」というガッツも素晴らしいけれど、それだけにこだわり続けていると疲れてしまうし、思い通りにならないと他人を恨むことにもなりかねません。幸せになれるかどうかは結局のところ自分が幸せだと思うかどうか。ぼんやりした欲望をふくらませる宣伝だらけの資本主義社会のなかで、これがないと幸せになれない、あれがないと幸せになれないと周りをキョロキョロ見ているだけでは不安が増すばかりです。

――価値観の変え方がわからない人がまずやるべきことは?

稲垣 なかなか難しいですよね。でもダメ元で試してみたらどうかなと思うことが一つあります。それは、今の自分や、自分が置かれている状況、自分の身の回りの人や物をよくよく観察すること。そして、そのすべてを、素晴らしいもの、かけがえのないものとしてまずは認めることです。今の自分は「何も持っていない」、あるいは「何か足りないものがある」と考えるんじゃなくて、実は十分すぎるほどの素晴らしいものを持っていると考えてみること。例えば私の場合で言えば、我が家はガス契約をしていないので家の風呂には入れない。これをみじめだと思う人も少なくないと思うんですが、実はうちのすぐ近くに小さな銭湯がありまして、そこが我が家の風呂だと思えばいいと。歩いて3分ほどかかるんですが、それだけ歩けば素晴らしい大浴場を利用することができる。考えてみれば、これは高級温泉旅館に住んでるのと一緒じゃないか。大きな旅館だと部屋から随分遠いところにお風呂があったりするじゃないですか(笑)。

 あと私は道端に生えている雑草を観察するのが好きで、かわいいお花が咲いていたりすると3本ほど抜いて家の花瓶に生けるんです。家にお花を飾るというと昔はお花屋さんへ行くことしか考えつかなかったんですが、考えてみれば何もお金を出さなくても、よく見れば世間には四季折々の花々が無限に咲いているんですね。花がない時期もあるけれど、そういう時はイケてる葉っぱを探す(笑)。これはこれで味わい深いものがあります。世間ではマイナスと思われていることだって実は宝物かもしれない。例えば、我が両親も年をとってできないことが増えてきて暮らしが次第にしんどくなり、いま週に一度は親の家へ通っているんですが、もちろん悲しくなったり心配したりする場面も多いけれど、それでも老いというどうしようもないものと向き合う両親から学ぶもの、考えさせられることはもう本当にたくさんあるんです。本当に宝物だと思うんですね。

 そういう目で自分を観察してみると、お金がなければ、結婚相手がいなければ、あるいはその他にも「何か」がなければ幸せになれないという気持ちは自然になくなっていくんじゃないか。今あるものを大事にしよう、とことん味わって生きようというふうになるんじゃないでしょうか。

――『魂の退社』では、稲垣さんが38歳で香川県に「飛ばされた」ことをきっかけに、価値観を変えはじめた様子が描かれています。人生の折り返し地点にさしかかるタイミングというのも大きかった。

稲垣 そうですね。それまでずうっと、お金をあるだけ使って生活を拡大することが幸せだと何の疑いもなく信じていて、今思えば、その幸せを手放したくないために会社に依存して余計な苦しみを抱えていたと思います。でも人生の折り返しを意識した時に、このまま同じ価値観でいるとヤバいぞと。なぜならこれからは下り坂になっていくわけで、健康も損なわれ、収入も減って、年もとって、モテなくなってと、いろいろなものを失っていかざるをえない。そういう時に、得ること、拡大することばかりに幸せを感じているようでは、哀しみやみじめさを抱えて何十年も生きていくことになる。それはどうしても嫌だった。

 そんな時、都会の大きな組織から離れて「何もない」地方で暮らし、価値観の転換を迫られたことは本当に大きなチャンスでした。そして原発事故をきっかけに始めた節電。この二つの体験で「ない」ことが怖くなくなった。そのことが本当に自分を強くしたと思います。

――最後に、現在はどんな生活をしているのか教えてください。

稲垣 会社を辞めてから築45年のマンションに引っ越して、壁とか設備とかすべて昔のままの、こぢんまりとしたワンルームの部屋に住んでいます。収納も靴箱も全くないので小さい箪笥に物をすべて入れていて、服も10着ぐらいしかない。今はやりのフランス人そのものです(笑)。起床は朝3時か4時。太陽の光を無駄にしないために早起きして、夜はものすごく早く寝ています。

 銭湯は贅沢なので2日に一回。一番の楽しみは、昼と夜のご飯を自分でつくって自宅のちゃぶ台で食べること。炊飯器はないので鍋で炊いたお米をお櫃で保存しています。戦後間もない頃の生活に近いかもしれませんね。でも私の目標は江戸なので、いずれもっと狭くて安い部屋で生活するのもいいかもと思っています。

――ほとんどエンターテインメントの世界ですね。

稲垣 そうなんです。ものすごく面白いですもん。次は5万の部屋でもいけるぜ! とか、居候や修行生活もいいな〜とか、お金があれば幸せという価値観をなくしただけで、もう夢が広がる一方です。ただ唯一、苦しんでいるのは原稿を書いている時。会社を辞めたら時間がいっぱいでもっとのんびりできると思っていたんですけど、全く予期していなかったことにいろいろな仕事をいただいて、今は「会社員時代の何倍書いてんだ? 全然聞いてない!」みたいな状況です。貧乏はいいんですけどヒマなしが嫌なんですよ。

 本当に人生は思う通りにならないです。楽しい人生ってどこにあるのかなーと遠い目をする瞬間が確実に増えた(笑)。でもいろいろ考えて、やっぱり今は書くしかないんだと腹をくくることにしました。「楽しいことは苦しいことと一緒だ!」と日々自分に言い聞かせている。あ、編集者さん、そこで大きく頷かないでください(笑)。

――稲垣さんのお話には頷いてばかりです(笑)。ありがとうございました。

取材・文=樺山美夏

『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)

いながき・えみこ●1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞者入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめ、2016年1月退社。同年4月に、テレビ番組『情熱大陸』でアフロヘアや超節電生活をクローズアップされ一躍注目される。著書に『死に方が知りたくて』、『震災の朝から始まった』、『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』がある。